引退の時
プロの格闘家は、いつまでも闘い続けることは出来ません。いつか必ず、引退する時が来ます。
引退する理由は人によって様々ではあると思いますが……真剣な闘いをしていれば、怪我は避けられません。怪我が悪化すれば、昔のような動きは出来なくなります。怪我、というのは引退の理由としては多いですね。
また、精神的な理由……というケースもあります。どんな選手でも、連敗すると「引退」の二文字が頭の中をちらつきます。特にプロ選手の場合、試合に出るためには様々な人の協力が必要です。
それなのに負けてしまった……この時の気持ちは、言葉には出来ないですね。しかも、立て続けに格下相手に負けたりすると、精神的に物凄く落ち込むらしいです。知り合いのプロ選手が二連敗した後、十九歳のデビューしたての選手相手に勝ちましたが……「勝てて嬉しいというより、ホッとした」と言っていました。このあたりの心理は、プロ選手でなければ理解できないでしょうね。
さらに、プライベートな理由もあります。まず、格闘技だけで食べていくのは、今の日本では難しいですからね。ボクシングの日本チャンピオンですら、ファイトマネーだけで食べていくことは困難です(例外もありますが)。プライベートな諸々の事情により、格闘技を断念し安定した道を選んだ人も少なくないでしょう。
また、これは特別な例ですが……強すぎるがゆえに引退した選手もいるようです。あるムエタイの選手は、あまりにも強すぎたために試合が組まれなくなり、結局は引退しました。インタビューに対し「有るか無いかも分からない試合のために、毎日ハードなトレーニングを続ける。しかも、収入は安定していない……そんな生活、君に耐えられるか?」と言っていたそうです。
ちなみに当時のムエタイでは、あまりにも強すぎると賭けの対象にならないため、試合が組まれないのだとか。一応は国技のはずのムエタイですが、賭けというダークな要素も持っているのですね。
そんなこんなで、様々な事情により格闘家は引退します。
引退した後、第二の人生が始まる訳ですが……これは人によって色々ですね。
ある程度は実績があり、名前も売れている選手ならジムをオープンすることが出来ます。それには、当然ながらお金がかかりますが……名前の売れていた有名な人なら、スポンサーも見つけやすいでしょう。選手だった時には、様々な業界の人と知り合っている可能性も高いですし、そうなるとジムをオープンしやすいでしょうね。
同じような理由から、飲食店をオープンする人もいるようです。『あの格闘家○○の店!』というキャッチフレーズは、いい宣伝文句になる……かどうかは不明ですが。実際、飲食店をオープンしたものの、潰してしまった人も少なからずいるようです。飲食店は格闘技のジムよりも難しいでしょうからね。
中には、引退した後タレントになる人もいます。ただ、これまた向き不向きがありますからね……以前にも書きましたが、格闘家としては一流でも、タレントや俳優としての才能があるかどうかは別問題です。
事実、元チャンピオンの某氏が俳優として出演していた映画を観ましたが、お世辞にも上手いとはいえない演技でした。その後、元チャンピオンは俳優としては活動していないようです。実際、あちこちで酷評されていたようですし、本人も向いていないことに気づいたのでしょう。
もっとも、元柔道家の篠原信一さんのように口が達者でサービス精神旺盛ならば、様々な番組からお呼びがかかるようですが……格闘家で口がよく回る人というのも、あまりいないようです。
意外に思われるかもしれませんが、格闘家の第二の人生は……結局のところ、格闘技とは無縁の仕事に就くケースがもっとも多いのではないだろうか、と私は思っています。調べたわけではないので確実なデータではありませんが、そんな気がしますね。
その職業の種類は、人それぞれではありますが……中には格闘技とスパッと縁を切ってしまった人もいます。それはそれで、寂しい気もしますが……本人の選んだ道ですから、仕方ないでしょうね。
かつて、渡辺二郎というボクサーがいました。世界チャンピオンにもなり、世界王座を十二度も防衛したそうです。渡辺さんの試合を私は観たことがありませんが……古いボクシングファンの間では「渡辺二郎は本当に強かった」と今も語り草になっている、という話を聞いたことがあります。私も二十年近く前に、ボクシング中継にて解説席に座っている渡辺さんの姿を見た記憶があります。
しかし、その後……渡辺さんは某暴力団に入り、マスコミに犯罪者としてたびたび報道されるようになりました。現在でも、きな臭い噂が絶えることはありません。
引退後、渡辺さんに何があったのかは分かりません。私のごとき中途半端な人間が語れるほど、単純な事情ではないのでしょう。ただ、残念なのは確かですね。渡辺さんが事件を起こした時「ボクシングの元世界チャンピオン」という肩書きとともに報道されていました。世界チャンピオンになれる人間は、神に選ばれし才能の持ち主だというのに……。




