動物の怖さ
先日、熊を撃退した人のニュースが放送されていました。その人は空手の有段者で、襲いかかって来た熊に対し目突きを食らわせて撃退したそうです。
凄いとは思います。私には真似できませんが……一つ知っておいていただきたいのは、この人が生き延びられた一番の理由は運が良かったからです。空手というのは、一つの要素に過ぎません。現に、熊に襲われて蹴りを入れ撃退したお婆さんもいます(言うまでもなく格闘技などやっておりません)。これまた、運が良かったからこそ助かったケースです。
以前にも書きましたが、熊は基本的に、人間を襲って食べたりはしません。人間を見て「何か変な奴がいるぞ」と思ってちょっかいを出しただけです。特に人間に対し、殺意を抱いていたわけではありません。一方、人間の側は死に物狂いになっています。つまり、両者には明確な意識の差が有るわけです。人間の死に物狂いの攻撃に対し、「おいおい、こいつ何か怒ってるよ。面倒くさそうな奴だな」と感じて逃げる……その程度でしかありません。
そもそも格闘技にせよ武術にせよ、基本的には人間を相手に闘うことを想定して技術が成り立っています。ところが、人間と他の動物とは体の構造が根本的に違います。格闘技で動物と闘うということは、果物ナイフでマグロの解体をやろうとするのと同じくらい無理があります。
少なくとも、普通の人間では……本気になった中型の野犬が相手でも勝つことは出来ません。事実、外国でガードドッグを専門に扱っている会社の社長は「うちの犬に勝つ自信がある人間がいるなら、いつでも勝負しますよ。ただし、殺されても文句を言わないでください」と言っていたそうです。
さて、私は以前に「もしモンスターと闘ったなら」という内容のエッセイを書きました。そこでのシミュレーションの結果、私はゴブリンにすら敗北しています。
では、他のモンスターならどうでしょう。中世ヨーロッパ風ファンタジーに登場するザコモンスターと言えば、他にもオークやコボルトなどがいます。私のような素人に毛の生えたような者ではなく、ラノベにありがちな古武術の達人の高校生としましょう。その腕前は、貫手で人体を貫通できるほどです。この時点で、もはやリアリティーなど欠片もありませんが、その点は無視して強引に話を進めます。
達人高校生は、ある日いきなり異世界に転移してしまいました。森の中を歩いていると、美女を連れ去ろうとしているヒャッハーな盗賊たちに出くわします。
リアルな話をするなら、この時点で詰みです。血みどろの修羅場を潜り抜けている武装した盗賊たちに、畳の上で鍛えた古武術など通じるはずがありません。しかも、平和で安全な日本で育ってきた高校生が実際の殺し合いなど、出来るはずもありません。
しかし、それでは話になりません。ここは、達人高校生が盗賊たちを容赦なく皆殺しにしたものとします。そして美女に惚れられ、早くもハーレム要員が一名確保できました。
そんな達人高校生と美女が歩いていると、森の中から巨大な生物が出て来ました。
オーガーです。二メートルを遥かに超える身長、そして二百キロを超える巨体……もはや、羽生名人と将棋好きな近所のおっちゃんの対局なみに詰んでいる状況ではありますが、どうすれば勝てるのか私なりにシミュレーションしてみましょう。
まず、オーガーが吠えて突っ込む。達人が貫手をかます。しかし、オーガーの皮膚は頑丈で跳ね返す。直後、オーガーの一撃により、達人撲殺。
そうなんです。大型の動物の皮膚は丈夫なんですよ。素人がバタフライナイフで突いたくらいでは、表面を傷つけることは出来ても突き刺すことは出来ません。まして、オーガーの体は分厚い筋肉に覆われています。貫手など、通用するはずがありません。
しかし、当然ながらこれでは話になりません。別の方向から考えてみます。
まず考えられるのは、オーガーの大振りの攻撃を躱しつつ、ローキックでちまちま痛めつけていくという戦法です。ですが、これは使えません。私の予想では、オーガーの足にダメージを与える前に自分の足が折れます。
では、どうすればいいのか……ラノベ伝統の、訳わからん必殺奥義しかないでしょうね。触れただけで衝撃波が内臓を破壊する、みたいな技しかないです。あるいは、ご都合主義の展開でしょうか。それともリアリティーを完全に無視するか、ですね。
最後になりますが、野生動物は強いです。野生動物に勝つため、人間は武器を造りました。猟銃があってこそ、人間は動物と互角に闘える……という人もいます。ファンタジー世界のモンスターもまた、野生動物と同じような強さを持っています。先ほども書きました通り、格闘技では動物に勝てません。したがってモンスターにも勝てません。それが現実です。
ちなみに、アメリカに棲むグリズリーベアは、前足の一撃で大柄な山男を撲殺することができるそうです。百キロを超えるような逞しい山男が、一撃で殺されてしまうのです。人間の空手の技など、グリズリーから見れば子猫がじゃれている程度の威力しかないでしょうね。




