ちょっとややこしい話
先日、ムエタイ選手のトレーニング風景を見ました。正直、想像より激しいもので驚きましたね。ミット打ちにしろ技の受け返しにしろ、恐ろしくハードなものです。見ているだけで、気分が悪くなりそうでしたね……。
また、ムエタイには首相撲というテクニックがあるのですが、その練習に多大な時間を費やしています。組み合っての投げや膝蹴りなどの練習をしているのですが……これは本当にキツいです。経験のない人に、このキツさをどう伝えるかは……非常に難しいですね。強引に例えるなら、汗だくの裸のおっさんが数百人たむろしている中、おっさんをかき分けながらのマラソンでしょうか。
当たり前の話ですが、どこのジムであれ入会したての一般人にこんなトレーニングはさせません。入会したての人には、それに応じた初心者向けトレーニングメニューがありますので心配しないでください。
もし万が一、その初心者向けメニューに付いて行けない人がいたとしても、個人個人に合わせた指導をするので問題はありません。
基本的に格闘技のジムは、来る人は拒まずの姿勢です。よほど人格に問題があり、ジムで問題を起こすような人でもない限り、入門を希望する人を追い返しはしません。と言いたいところですが、どうやら例外もあるようですね。
さて、ここからは私の知り合いの話ですが……知り合い(仮にAさんとしましょう)は十年以上前に、強盗で刑務所に入っていました。
しかし、出所後はそっちの世界からは足を洗い、とある運送会社で真面目に働いていたそうです。
このAさんには、Bさんという友人がいました。中学時代からの付き合いだそうですが……このBさんは四十近くなってから、とある武道を始めていたそうです。BさんはAさんに対し、その武道の素晴らしさを日頃より語っていたとか。その武道がいかに実戦的で優れた格闘技であるかを語っていたそうです。BさんはAさんに「路上の闘いだったら、うちの師範はジェロム・レ・バンナよりも強い」とも言っていたとか……この時点で怪しげではありますが、その真偽について問う気はありません。
結果、Aさんはその武道に興味を持ち「俺も習ってみたい」とBさんに言いました。それに対しBさんは、道場の師範にその旨を伝えることを約束したそうです。
ところが、そこで思わぬことが起きました。
実は、AさんとBさんの共通の知り合いであるCさんも、件の道場に通っていました。もっともAさんとCさんとの間には深い交流はありません。中学の同級生だったらしいのですが……Aさんが逮捕された事実は知っていたそうです。
件の師範は、Cさんにも「Aってのはどんな奴だ?」と尋ねたそうです。何も知らないCさんは、Aさんが過去に逮捕歴がある事を喋りました。
結果、師範はBさんにこう言ったそうです。
「Cさんから話は聞きました。うちで習った技を、外で使う危険性の高い人間の入門は許可できない……Aさんに、そう伝えてください」
正直言えば、この師範の判断(Aさんを入門させないという)には仕方ないと思える部分はありますね。前科のある人間を入門させる……それは非常に難しい選択であることは、私にも理解できます。
しかし、このやり方は色んな面から見て最悪と言っていいですね。
社会人の方なら理解できるものと思いますが、相手を怒らせないよう言葉を選ぶ……というのは当たり前のことです。この場合「道場が手狭なため、今は新規入門者を募集していない」とでも言っておけばいいはずでした。他にも様々な言い方があるでしょう。しかし「うちで習った技を外で使うような人間」などという言葉を選ぶのは、どう考えてもマイナスとしか思えません。闘わずして勝つのが護身の本質だそうですが、この言い方は争いを生み出すだけです。
さらに言うと「うちで習った技を外で〜」などと言う言葉でAさんを間接的に拒絶し、全てを一道場生であるBさんに丸投げする……その態度は、武道家の取るべきものとして相応しいとは思えません。
武道とは、単に武の技を教えるだけでなく道をも指導するはずです。その武道の指導者たる者が「うちで習った技を外で〜」という言葉を吐くのは、ちょっとおかしいのではないかな……という私の考えは間違っているのでしょうか。
先に紹介したムエタイのジムのトレーナーは、こう言っていました。
「ウチにはとんでもない不良や、麻薬中毒だった奴もいる。でも、うちは来る者は拒まずだよ」
競技であるはずのムエタイのジムが来る者は拒まず…という姿勢で、実戦的な闘い方を標榜している某武道が「この技を外で使う恐れのある者には入門を許可できない」と言って入門希望者を門前払いする。果たして、どちらが正しいのかは分かりません。環境も違いますし、一概には比べられない部分もあります。
ただ、私はこの話を聞いて以来、この武道に関心がなくなったのは確かです。少なくとも、件の師範が指導する道場には、絶対に入門したくありません。例え本当にジェロム・レ・バンナより強かったとしても……そんな人間を、私は師とは認めたくありません。




