変則の王者
どんな分野にも、初心者用のセオリーというものがあります。例えば将棋では、角道を空けるために序盤で邪魔になる歩を進めたりします。またオセロでは、四隅を相手に取らせないためにその周辺には石を打たない、というようなものです。
もっとも中級者レベルになってくると、そうした初心者のセオリーみたいなものをあえて外す一手もあるのでしょうね。私は将棋やオセロは初心者レベルですので、そのあたりはあまり語れないですが。
さて、格闘技にもセオリーはあります。基本的なセオリーは、勝つためには絶対に守らなくてはなりません……と言いたいところですが、中にはセオリーなど知るか! とでも言わんばかりに変則的なスタイルで一世を風靡した名選手が存在します。今回は、この変則的なスタイルを駆使した名選手を二人紹介してみたいと思います。
まず、一人目は悪魔王子との異名を持つナジーム・ハメドです。この人は有名なので、御存知の人も多いかもしれません。変幻自在のファイトスタイルで観客を魅了し、ボクシング主要三団体の世界王者にもなった名選手です。
このハメドは、ボクシングのセオリーというものを完全に無視したスタイルでした。ガードを上げずにクルクルとリング上を動き回り、飛び上がるようなパンチを放つ。相手の放つパンチは映画『マトリックス』のようなスウェーバックで躱し、次の瞬間には予測不能な角度からパンチを放ちKOする……超人的な身体能力と化け物じみたパンチ力、そして超変則的なファイトスタイルを駆使し、ハメドは立ちふさがる敵を次々を倒していきます。
などと書いたところで、この選手の魅力の十分の一も伝えられていないことでしょう。暇があったら、動画などで是非とも観ていただきたいですね。ボクシングに詳しくない人でも、ハメドの試合は面白く観られると思います。この人の動きは、まさに神の領域であると思います。
ちなみに、この選手の「ハメド・スタイル」に憧れて真似したボクサーは何人もいたそうですが、真の意味でハメド・スタイルを受け継いだボクサーはまだ一人もいないようです。
ナジーム・ハメドは有名なボクサーでしたが、次に挙げるマンソン・ギブソンに関しては、知らない人の方が多いのではないてしょうか。実のところ、私がその存在を知ったのはつい最近の話なのですが……。
マンソン・ギブソンは、八十年代から九十年代にかけて活躍したアメリカのキックボクサーです。当時、アメリカでは腰より下の部位に当てる蹴り(いわゆるローキック)を禁止したルールの試合が盛んに行われており、マンソンはそのルールのチャンピオンだったようです。
やがて、マンソンは来日しますが……日本人ファイターを片っ端から、その独特のファイトスタイルで薙ぎ倒していきます。
マンソンのスタイルは、サイドキック(横向きの構えから足裏や踵を当てる蹴り技)を放ち間合いを調整しつつ、バックハンドブロー(体を一回転させ裏拳を当てる技)やバックスピンキック(体を一回転させ足裏や踵を当てる技)などの派手な回転系の技でKOする、という変則的なものです。
こうして書くと簡単そうですが……この戦法を実行するのは物凄く大変、というより並みの選手には不可能でしょうね。日本におけるキックボクシングは、腰から下への蹴り(ローキック)が重要な役割を果たしています。当時、アメリカの選手たちのほとんどが、ローキックに対応するスタイルへの変更を余儀なくされていました。
ところがマンソンは、その素早い動きでローキックを躱し、逆に自身のサイドキックで間合いを離す。そして突然のバックハンドブローやバックスピンキックといった回転系の技で、次々とKOの山を築いていきました。
敗れた者の中には、ムエタイの選手までいたくらいです。しかも、ムエタイの選手の顔面にバックスピンキックをヒットさせてKOしてます……こんな離れ技が出来るのは、このマンソンくらいでしょうね。
そんなマンソンは、93年にはミスターパーフェクトとの異名を取ったKー1の伝説のチャンピオン、アーネスト・ホーストと対戦しました。当時、選手としては下り坂の状態であったマンソン。一方、前年のKー1GPで名だたる強豪たちを倒し、昇り調子のホースト……勝負は一方的、と予想されていたようです。
ところが、マンソンはここでも変則スタイルで勝負しました。あのホースト相手に延長までもつれ込む闘いをやってのけ、最後には微妙な判定負けを喫しました。いや、私の正直な気持ちを言うなら「不可解な」判定負けです。動画などで是非みなさんにも見ていただきたいのですが……この試合、マンソンが勝っていたと思うのは私だけでしょうか。結局は、全盛期を過ぎたマンソンに噛ませ犬の役割を演じさせたかったのかもしれません……。
まあ勝敗はともかく、マンソンの試合もまた観ていて面白いものです。機会があったら、ぜひ観てください。あのホーストを、バックハンドブローでダウンさせるシーンは本当に凄いです。




