努力の賜物
努力は大事、とはよく言われますが……なろうの作品においては、努力しない主人公の方が人気はあるようです。もっとも、一般向けの小説やマンガもしくは映画やドラマなどでは、主人公は努力の末に勝利し栄光を勝ち取るものが多いような気はしますが……なろうの読者層が特殊なのか、あるいは全ての人間の内に潜む「楽して勝ちたい」という欲求を上手く突いているのかは不明です。
言うまでもないことですが、格闘家たちはみんな努力しています。というより、努力はして当たり前の世界ですからね。プロの格闘家で「俺は毎日、努力している」なんて言うような人はまずいません。プロである以上、努力はするのが当然であることをちゃんと理解しているからですね。
例えば……超合筋との異名を取り、ムエタイの王座を獲ったこともある武田幸三さんは、試合前になると過呼吸で倒れるまで練習したこともあったそうです。サンドバッグを叩き、キックミットを蹴りまくり、さらにスパーリング……二時間あまりの練習の合間に、四リットル以上の水分を補給していたとか。
世間では嫌われ者であった亀田兄弟も、こと練習に関しては妥協がなかったと聞いております。あのユニークな練習方法が効果があったのかはともかく、時には一日八時間以上トレーニングする日もあったそうですね。
こうした一流選手たちは、ハードなトレーニングを欠かしません。というよりも、ハードなトレーニングが既に日常の習慣となっているのであります。そこには、努力などという概念は存在しません。目標のために必要なことをやっているという感覚でしょうね。
とある空手家が、こんなことを言っていました。
「チャンピオンへの道というのは、登山に似ていますね。事前に様々なものを準備し、予定を立てた上で登山に臨むわけです。しかし、途中で体力が無くてリタイアすることもあります。また、知識不足によりリタイアすることもあります。急な天気の変化によりリタイアすることもあります。リタイアしたら、その理由を分析し……体力をつけるためのトレーニングをしたり、必要な知識を勉強したり、天気を考えて行動したりします。また、今度は違うルートで挑んでみたり、ペースを遅くしてみたり……色んなやり方で山頂を目指すわけです」
格闘家にとってトレーニングは、登山に例えるなら山頂に向け歩いている行為のようなものです。自ら立てた目標に向けての努力……そんなものは、して当たり前ですよね。むしろ、そういった行為について「私はこれだけ努力をしています」などと言っている人がいたとしたら、それは余程おめでたい精神構造の人間であるか、あるいはウケ狙いの発言でしょうね。
そんな事情を踏まえて格闘技の試合を見てみると、実に非情な世界だな……と思いますね。
闘う選手たちは両方とも、凄まじい努力を重ねて試合に挑むわけです。ゲロを吐いて倒れてしまいそうなハードなトレーニングをこなし、食べたいものや飲みたいものを制限し、勝利のための障害になりそうな娯楽を断ち、トレーナーや先輩たちにボロクソ言われながら新しい技術を修得し……。
そして試合に挑むわけですが……ラッキーパンチが入って一分足らずで試合が終了してしまう事もあります。昔、総合格闘家の宮田和幸さんは試合開始のゴングが鳴った直後に放たれた一発の飛び膝蹴りが顎にヒットし敗北しました。
宮田さんは、この試合が決定した直後から凄まじいトレーニングをしていたはずです。努力に努力を重ねて、そして迎えた試合……僅か数秒後、KO負けという結果で終わりました。しかも骨折というオマケ付きです。
さらに、この試合は今も衝撃映像としてテレビで放送されることがあります。宮田さんにとって、思い出したくない映像でしょうね……。
さて話は変わりますが、以前とある有名なアスリートが「努力すれば成功する、は間違っている」というような発言をして、あちこちから批判されたそうです。この方の真意は、私には分かりません。
ただ、格闘技の世界では……努力はして当たり前です。両方とも努力しているにも関わらず、片方は勝者として称えられ、片方は敗者として惨めな思いを味わう訳です。
そして、これは格闘技に限らず……どの世界でも同じでしょうね。その世界でプロとしてやっていこうと本気で考えているのなら、「報われない」かもしれない努力に時間を費やし、全身全霊を傾ける覚悟は必要でしょうね。
こちらのサイトには、小説家志望の人が多いものと思いますが……小説家になるにせよ何になるにせよ、そこに至るまでの道のりは色々です。簡単に山頂まで登れた人もいれば、まだ険しい道を歩いている人もいるでしょう。ただ、歩かなければ辿り着けないのは間違いありません。山頂にいる人間をけなす暇があるなら、歩き続けるべきではないかな……とは思います。
最後に、蛇足かもしれませんが……ボクシングを描いたアニメ『あしたのジョー2』には、マンモス西というボクサーが登場します。少年院で主人公のジョーと出会い、共に丹下ジムで寝泊まりしてボクシングを始めました。紆余曲折はありましたが、プロとして順調に実績を作っていきました。
しかし、拳を痛めボクシングを断念します。その後、西はとある乾物屋の二代目として商売を始めることとなりました。ジムの会長である丹下段平の紹介により、アルバイトとして乾物屋に勤めていた西……その働きを買われ、乾物屋の二代目となったのです。
さて、西はボクサーとしては大成しませんでした。しかし、丹下ジムでボクシングをやっていなければ、西は乾物屋には勤めていなかったでしょう。少年院を出た後、どこかのチンピラとして生涯を終えていたかもしれません。ボクサーとしての努力が、違う形で実を結んだ……というのは考え過ぎでしょうか。
そして引退式で、西はこんなセリフを吐きます。
「ボクシングがわいの青春やった、という誇りは……永遠に不滅や!」
自分にとって、誇りとなりうるまでに重ねた努力……それは他の道に進んでも、必ずや助けとなってくれるでしょう。




