久しぶりの二人きり
「アイナとゆっくり話すの久しぶりだよね。すっかり人気者になっちゃってさ。構ってくれないんだもん。」
カシュアが唇を尖らせ、拗ねたような声音で言って来た。膨れっ面のまま紅茶を啜っている。
今日のランチタイムは、アイナがレインに頼み込んでカシュアと二人きりにさせてもらっていたのだ。
「いやこれはそういうのじゃないんだけど…」
「またまたご謙遜を!」
「ああもう!そういうのやめてーっ」
「はははっ」
両手で髪の毛を掻き乱すアイナを見たカシュアは、ティーカップをソーサーに戻し、空いた手で腹を抱えて笑っていた。
なんだかんだと楽しそうにしている彼女達の前には、ワンプレートに詰め込まれたデザートの盛り合わせが並んでいる。
日替わりランチ以上の値段がするこのプレート、アイナ達には決して手を出せない超高級メニューであったが、『久しぶりに親友と話すのだろう?』とレインが気前よく手配してくれたのだ。
その心遣いとアイナを想う強い気持ちにカシュアは感激して瞳を滲ませ、アイナは『絶対に何かある。二人きりの時は十分に気を付けよう』と警戒心を強めていたのだった。
「それにしても、レイン様って本当にアイナのことを想っていらっしゃるよね。時々見ているこっちが照れてしまうくらいに。」
「いや、えっと…そうかもしれなくないかもだけど、なくはないのかも?」
「それはどっちなの…………」
相変わらず素直じゃない親友の態度に、カシュアは呆れてため息をついた。
だがそんな顔も、スプーンを口に運んだ瞬間綻ぶ。
生クリームのコクと卵たっぷりのスポンジの旨みと香り高いチョコレートの上品な甘さにすっと目を細めて頬に手を当てている。
向かいに座るアイナも、同じような顔で口の中いっぱいに広がる幸せを噛み締めていた。
「まぁ、アイナが照れ屋さんってことは分かっていたし、今度のパーティーでレイン様に直接聞けばいいもんね。アイナの好きな所とかいつから好きなのかとか聞きたいことは山ほどあるのだよ。ふふふ。」
「へ?パーティーって??」
アイナは口に運ぼうとしていたスプーンを持つ手を止め、視線を皿からカシュアへと移した。
キラキラと瞳を輝かせてここではないどこかへ想いを馳せる彼女の姿に、アイナは嫌な予感しかしなかった。
「アイナ、幸せ過ぎてボケちゃった?レイン様とアイナの婚約パーティーのことだよ。」
「え……聞いてないんだけど…」
「うそ、ごめん!!アイナへのサプライズだったのかな…でもクラスメイト皆に招待状を配ってたからアイナも知っているものとばかり…本当にごめんね。」
顔の前で両手を合わせて申し訳なさそうに謝るカシュアだったが、アイナの怒りの矛先はレインただ一人であった。
帰りの馬車で問いただしてやろうと、紅茶を一気飲みしたアイナは闘志を燃やしていた。
「レイン、婚約パーティーって一体どういうこと?」
帰りの馬車の中、座席に座った瞬間にアイナは横にいるレインに勢いよく身体を向けた。
本来なら、陰でパーティーの準備をしてくれた婚約者に対して感涙の涙を流す場面のはずが、アイナの声音は怒りと猜疑心に満ちている。
レインが他の人たちと同じように純粋な気持ちでパーティーを主催するわけがない、絶対に何か裏があると信じて疑わない。
そもそも、レインの父であるアルファード公爵とはまだお目通し叶っておらず、この婚約が正式なものかどうかも危ういと思っていた。
そのような不安もあいまって、つい責め立てるような口調になってしまった。
「は?今更かよ。」
緊張と不安とわずかな怒りで強張っているアイナの方を見向きもせず、レインは窓の外に目をやったまま無機質に答えた。
「い、今更って!一言も聞いてないし!だいたい、私に隠して婚約パーティーを開くなんて一体何を考えっ」
身を乗り出して喚き出したアイナの口をレインは片手で塞いだ。
「んーっ!!」
「うるさい。」
そして、片方の手で自身の耳を塞ぐ。ひどく迷惑そうな顔をアイナに向けている。
それでも両手を振り回して怒りを露わにしてくるアイナにらため息を吐いた後、レインは表情を一変させ今度は天使のような愛らしい微笑みを見せて来た。
その常軌を逸した畏怖を与えるほどの美しさに、アイナは背筋が凍り付き顔面が恐怖の色へと染まっていく。
「婚約パーティーを開く理由か…そんなに聞きたいのか。」
口元に手を添えて、クスッと優雅に笑みをこぼすレイン。
いやいやいやいやいやいや、ちょっと待て…この流れはまずい。この先は絶対に聞いてはダメなやつ。無理無理無理無理無理…ちょっと待って!一回黙って!!!
「んーっ!んんんん!」
口を塞がれたままのアイナは言葉を発することができず、声にならない声を出しながら必死に首を横に振る。
だが、アイナが必死な様子を見せたところで、レインは更に笑みを深めるだけであった。
「少し、距離があるな。」
「ん!」
太ももが触れる距離に隣り合って座っているというのに、『遠い』などと言ってくるレイン。
目を見開いて恐れるアイナのことを無視し、彼女のことを抱え込むようにして持ち上げ、自分の膝の上へと座らせてしまった。
「んーーーーー!!!!」
恥ずかしさで大絶叫するアイナ。
同じベッドで添い寝する時とはまた異なり、制服姿で膝上抱っこされていることが死ぬほど恥ずかしかった。
「理由を聞かせてやる。まずはそうだな…お前が俺にどれだけ溺愛されているか周囲に知らしめて他の奴らに勘違いさせないため、そして、お前にも変な勘違いを起こさせないように分からせるためだ。皆の前で今のような振る舞いをすれば、効果覿面だろ。」
甘さのある声で淡々と説明を終えたレインは、アイナの口から手を離した。
「蔑ろにされてきた分、当日はとことんお前に構ってやるからな。」
「いやああああああああああああっ!!!」
意地悪そうに後ろから覗き込んでくるレインから全力で顔を背け、叫び声を上げた。
頬は真っ赤に染まり、現状の恥ずかしさと近い将来に訪れる恥ずかしさで今にも泣き出しそうな顔をしている。
「そうかそうか。泣くほど嬉しかったか。良かったな。」
鼻歌まで出て来そうなほど機嫌の良いレインは、アイナを逃さないようぎゅっと腕の力を強め、彼女が諦めて大人しくなるまで押さえ込んでいた。
その後、久しぶりの二人きりの時間を(レインだけが)満喫していたのだった。




