後遺症と副産物
「おはようございます。レイン様。」
「おはよう。」
「アルフォード様、おはようございます。」
「おはよう。」
「おはようございます。」
「おはよう。」
休み明けの学園、廊下で他の生徒と顔を合わせる度に挨拶をされ、朗らかな笑みでそれに応えるレイン。
高貴な身分であるレインはこれまでも挨拶をされる側の人間であったが、今日の挨拶の重々しさは普通ではなかった。
レインの存在に気づくと廊下の端に寄って立ち止まり、腰を折って恭しく頭を下げる。それは王族に対する態度のように大仰なものに見えた。
教室に向かうまでの間、度々尋常でない朝の挨拶を受けるレインだったが、彼は一切訝しむことなく、微笑で挨拶を返し続けている。
そんなやり取りを見せられ続けたアイナは、まるでホラー映画を見ているかのように恐怖で萎縮していた。
堪らず、彼の袖を掴んで引き寄せ小声でレインは問いかける。
「ねぇ、なんかおかしくない??皆レインに絶対服従しているみたいで怖いんだけど…何か脱法魔法でも使ったの…??」
「そんなこと誰がやるか、馬鹿。これは精神干渉された後遺症の一種だ。よく見ろ。俺に声を掛けてきた奴らは皆あの場にいた者達だ。」
アイナが周囲に視線を向けると、確かに模擬演習の場で見かけた顔触れであった。
「その後遺症ってどんなものなの…?」
「魔道具との繋がりを無理やり断たれた場合、そ要因となった相手のことを崇拝するようになる。言わば刷り込みだな。まぁそれも時期に薄れていくはずだが。」
「そんな後遺症があったんだ…それにしても、ただでさえ無敵のレインが絶対服従の手下を手に入れたことも怖い…この国始まって以来の危機かもしれない…」
「お前も人のこと言えないと思うが?」
何が?と聞き返そうとしたがもう教室に着いてしまい、アイナは口をつぐんだ。
今回の騒動は、一部の白熱した生徒による魔力暴走ということで話が通っており、不法な魔道具が使われたという事実は混乱を避けるため秘匿にするとレインから聞かされていたからだ。
アイナが表情を整え、いつものように元気に朝の挨拶をしようとした瞬間、彼女の目の前に飛び込んでくる人の姿があった。
アイナは驚いて言いかけた言葉を飲み込み、レインは彼女を庇うように腕を構えながら一歩前に出た。
「トルシュテ様、ご機嫌よう。」
「おはようございます。トルシュテ様。」
「は………………………」
物凄く素敵な笑顔のジュリアンヌとマイカの二人に挨拶をされたアイナ。
これまで親の仇のような目を向けられてきた二人に無垢な笑顔を向けられたアイナは驚愕の表情を浮かべている。何が起きているのか全く分からなかった。
「お、おはよう…」
にこにこと何かを期待する顔で愛らしく微笑む二人が立ち去る気配は無く、アイナは仕方なく震える声で挨拶を返した。
途端に目を輝かせて幼な子のように顔を見合わせ喜びを露わにする二人。
「鞄、お持ちしますわっ!」
「では、わたくしはコートをお預かりしますっ」
「それは必要ない。」
嬉々としてアイナに迫ってくる二人に、レインが待ったとばかりに片手を挙げた。
「君達は席に戻って。」
冷え切った瞳で静かに見返すレイン。
ジュリアンヌとマイカの二人は何か言いたげであったが、レインの圧に負けて逃げるように去って行った。
***
「朝のアレは一体なんだったの…………」
昼休み、カフェテリアの個室でレインと二人きりのアイナは机に突っ伏している。
朝から不気味なほどにジュリアンヌ達に好意の目を向けられ、その後も事あるごとににハートマークの瞳で見つめられ続けたアイナは精神的に参っていた。
「お前、あいつらにとどめ刺しただろ。」
「とどめ?いったい何の話を…」
「模擬演習で二人を撃ったのはお前だ。それがきっかけで精神干渉が阻害されることになったってことだな。」
「え、それってつまり…」
呻くような声を上げたアイナに、レインは優しく微笑みかける。
「ああ。あの二人を従えたお前はクラスの人気者だ。良かったな、念願叶って。」
「なっ!!絶対そういうのじゃないからーーーっ!!!!思ってたのと違うーーー!!こんなのは求めてないんだよっ!!!」
「全く…我儘なやつだな。」
テーブルの上を叩いて力の限り喚き散らすアイナを横目に、レインはひとり優雅に紅茶を啜っていた。
アイナの勢いが弱まった頃合いを見計らって、レインが入れ直した紅茶をそっと彼女前に差し出す。
それを一気飲みしたアイナはようやく落ち着きを取り戻した。
そして、冷静になった頭でふと一つの疑問が思い浮かんだ。
「そう言えば、精神干渉の魔道具なんて違法なもの、一体どうやって手に入れたの?学生の身分で手に出来るような代物じゃないよね…」
不思議そうな顔で見てくるアイナに、レインは軽く息を吐いた。
「公爵家に対する怨恨が理由で、どこぞの貴族が学園内にまで手を出そうとしたらしい。」
「そう、だったんだ…」
「安心しろ。そいつらはもういない。」
「え…それって、この国にってこと?それとも…」
冷淡な声音によって一気に顔色の悪くなったアイナは、恐る恐るレインの顔を見上げる。
「さぁ、どっちだろうな。」
予想通り、そこには真っ暗な笑顔を浮かべるレインがいた。
「その顔やめてええええええええっ!!!」
邪悪な笑みで優雅に紅茶を啜るレインに、全力で震撼するアイナであった。




