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学園デビューしたいのに、ツンデレ男が邪魔してくる  作者: いか人参


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味のしないパンケーキ


レインがアイナをこの邸に住まわせたのは元々彼女を守るためであり、その脅威が去った今ここに留めておく理由はない。


理由もなく己の欲だけでアイナの自由を奪ってはいけないと思ったレインは、嫌だと抵抗する自我を抑え込んでいた。


昨日は当たり前のように自宅に帰ろうとしていたアイナだったため、このまま喜んで自分の元を去るのだろうと冷静に予想する自分と、今の生活を名残惜しく思ってはくれないだろうかと身勝手な期待を抱く自分が狭い心の中に混在する。


気を紛らわすように香りのしない紅茶に口をつけた。



そうして静かに返事を待つレインだったが、いつまで経っても真向かいに座る彼女からの反応はなく、違和感を覚えて視線を上げると目に涙を溜めて俯いているアイナがの姿が目に入った。



「アイナ?」


予想だにしていなかった光景に、レインは音を立てて勢いよく椅子から立ち上がった。


見たことのない悲しそうな彼女の姿を目の当たりにしたレインは、急いでテーブルを回り込み椅子の後ろからアイナのことをぎゅっと抱きしめる。



「あ、ごめん…」


申し訳なさそうな声を出したアイナ。


レインの狼狽える素振りを見てようやく、自分がどんな顔をしているか気づいたのだ。これ以上余計な心配を掛けないようにと、手で雑に目元を拭う。



ああもうなんでこんな………


そもそも特訓のために一緒にいただけであって、それが終わった今、これ以上ここにいる理由なんて無いのに、私は何を勝手に期待してたんだろう。

向こうはいつだって余裕で私より優位にいて、いつ気持ちが変わるかも分からないのに、私ばかり本気になって沼にハマって沈んでいく。


学園にいる3年間を全力で楽しむって決めたのに、いつしかその先も望んでしまっていたなんて。


レインのことを知らなければ、こんな気持ちも抱かずにいられたのかな…




「…うん、そうだね。この後荷物まとめるよ。」


「おい馬鹿、こっち向け。」


「え、なんで怒って…」


頭上から投げつけられた怒り口調の言葉に、アイナは怯えながらも言われた通り軽く上を向いた。

その瞬間、おでこに柔らかい感触と体温が降ってきた。



「は…………」


熱を帯びたおでこを両手で押さえて、目をぱちくりさせるアイナ。

怒っている声音と相反した行動であり、その矛盾に理解が追いつかない。



「お前がいたいのならいつまでもここにいれば良い。…だからそんな顔をするな。」


「ご、ごめん、私レインに迷惑を掛けるつもりじゃ…」


「迷惑なんかじゃない。来年の今頃には一緒に住んでるんだから、それが今でも大差ないだろ。よく考えろ、この馬鹿。」


「来年の今頃…」


その時まで私はレインと一緒にいられるのかな。よくある物語みたいに、親の反対にあって泣く泣く別れるとかも十分にあり得るよね…


大丈夫、自分のことくらいちゃんと弁えてる。私は不用意に溺れたりしない。




「おいこら」


「ひゃあっ!冷たっ!何するのっ!!?」


ひとり物思いに耽るアイナの頬に、レインはいつの間にか手にしていた水の入ったグラスをひっつけてきた。

暖炉のある室内とはいえ、真冬にやることではない。相変わらず容赦がなかった。



「勝手に悲観するな。もっと俺のことを信じろ。一切を疑わずに全幅の信頼を置け。分かったな?」


「うっわ、ものすっごい自信………ちょっと引くんだけど…」


ジト目で見るが、相変わらずレインはどこ吹く風であった。

言いたいことを言ったレインは自分の席に戻り、美しい所作でフォークとナイフを手にした。



「それ、いらないなら貰うぞ。」


アイナの返事を待たずに、レインは彼女の皿に残っていたパンケーキにフォークとナイフを突き立て、丁寧に切り分けていく。



「は!?誰もそんなこと言ってないでしょ!それ私がトッピングしたスペシャルパンケーキなんだからっ!!」


「ならさっさと食えよ。ほら。」


「なっ…………………」


綺麗に切り取られた一口サイズのパンケーキを目の前に差し出され、固まるアイナ。

レインは行儀悪くテーブルに頬杖を付き、意地悪い笑みで天井に向けたフォークを揺らしてくる。



「へぇ…照れてんの?可愛いね。」


甘い声で天使の微笑みを見せるレイン。


揶揄われていると分かっているのに、アイナは顔に熱が集中することを止められなかった。熱をもった頬を隠すように両の手のひらで冷やす。



「ほら」

「…っ」


甘い瞳で見つめてくるレインに耐えきれなくなったアイナは、目を瞑ってフォークに齧り付いた。真っ赤になった顔で、味の分からない物体を必死に咀嚼する。



「…で?」


まだ満足しないのか、レインは首を傾げてアイナに反応を求めてきた。

彼女の瞳を捉えて離さず、甘く蕩けるような目で見つめ続けてくる。



「……美味しい、です。」


甘ったるい攻撃に降参したアイナは、赤みの引かない顔のまま蚊の鳴くような声で感想を口にした。



「よろしい。」


ここでようやく、心の底から愉悦そうに微笑んだレインであった。


気分を良くした彼がこの後もアイナにパンケーキを食べさせ続けたのは言うまでもない。




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