容赦のない仕打ち
無情にも時は過ぎ、呆然とするアイナのことを置き去りにして競技開始を知らせる笛の音が鳴った。
「…予想以上だな。」
「え、何が?」
レインが答えるよりも先に、二人の頭上に出現した複数の魔法陣によりアイナは自分達が複数人から狙い撃ちされていることに気づく。
「はっ!!?なにこれ!こんな集団でずるいしそもそもこれ全部殺傷能力の高い攻撃魔法ばかりじゃない!?」
「いちいち騒ぐな、馬鹿。」
「ば、馬鹿って何よ!これ被弾したら怪我どころじゃ済まされないと思うんですけどっ!!!」
普段と変わらず涼しい顔をしているレインのすぐ隣で、アイナはパニックに陥りながらも多数の魔法陣に対抗すべく必死に防御用の魔法陣を作り込んでいく。
「アイタン」
「まったく、人使いが荒いんだから。」
まるでランチタイムのひと時のような穏やかなアイタンの声がしたと思った瞬間、アイナ達の頭上にあった魔法陣は全て消失した。
「う、そ…………」
あれだけあった他者の魔法陣を無理やりキャンセルするなど、並大抵の魔法使いに出来る所業ではない。
魔法陣が消え去り、晴れ渡った青空を見つめるアイナ。目の前で起きたことが信じられなかった。
だが、数秒もしない内にまた複数の魔法陣が展開されていく。
「ははは。やっぱりそうだよねー。」
「え!?笑ってる場合!!?」
新たに輝き出した魔法陣を見上げて呑気に笑い声を上げるアイタン。
彼の通常運転であったが、この状況で笑うなどアイナには狂気の沙汰にしか見えない。
魔法陣の焦点がアイナに定まった瞬間、レインによって強化した土壁が出現した。
土壁に阻まれた魔法は術者に向かって反射していく。
少し離れた場所からバタバタと逃げ去る人の足音が聞こえてきた。
複数の攻撃魔法を受けても尚現存する土壁の内側、レインは自身の白ローブを手早く脱ぐとアイタンに押し付けた。
「お前これを着て適当に散らして来い。」
「は!?レインっ!貴方なんてことをっ…」
「ふふふ。楽しい配役をどうもありがとう。ちょっと遊んでくるね。」
フードを目深に被ると、アイタンはわざと周囲に姿を晒しながら走り出して行った。
楽しそうに駆けるアイタンを新たな標的として魔法陣が移動していく。
「今のうちに場所を移動するぞ。」
「え!?あの人良いの!!?」
「ああ。アイツにとって褒美みたいなものだからな。」
「貴方達の関係って一体…」
頭痛がしてきたアイナは目頭を抑える。
理解が追いつかない彼女のことを無視し、レインはアイナの手を引っ張り無理やり連れて行く。
場所を変えた二人は、高さのある遮蔽物の影に潜り込んだ。
「これからどうするの…?」
「アイツが敵を戦闘不能にしたら一気に刈りにいく。」
「えげつなっ………」
そうは言ったものの、他に案がなかったアイナはレインの隣で大人しくその時を待つことにした。
あちこちで閃光が走り、断続的に土壁の破壊音が聞こえてくる。
しかし、それらは突如として止み、数分ぶりに辺りは静かになった。
「気付かれたか。面倒だな…」
「あっ…私がレインのバッチを討ち取れば私の勝ちは確定………いえ、何でもございません。」
凍てつくような冷たい視線と見間違いでなければチラリと視界に入った展開準備中の魔法陣に、アイナは口をつぐんだ。
「腹いせに全員殺るか。」
「さ、さすがに人殺しはまずいでしょうっ!!しかもそんな私的な理由なんて…」
「治癒魔法が効くギリギリを狙えば問題ない。死にはしないだろ。」
「それはそうかも…って、そんなに攻めなくても少し戦意を喪失させれば済む話なんじゃ…」
「悠長なことを言うのは構わないが、アイツらはお前のこと消し去るつもりだぞ。」
「はい…………………???」
想像と違う展開に理解が追いつかず首を傾げたアイナだったが、その直後爆風が吹き荒れた。周囲にあった遮蔽物が次々と吹き飛ばされ、一気に見晴らしが良くなる。
レインの強靭な結界のおかげで直撃することはなかったが、大気の揺れを感じて身体を震わせた。
「いや、本気じゃん……………」
「だから言っただろ。まぁ、本心じゃない奴も紛れていそうだが、俺からすればあんな物の手に落ちる時点で懲罰決定だな。」
「え?本心じゃないってどういう意味??」
「あの集団行動は、他人の精神に作用する類の魔道具のせいだ。誰か一人の人間が操っているようなものだ。」
「そんなっ…どうしてそんなことを…」
「さぁ。それは終わった後に当事者の口を割らせることにしよう。」
まだ見ぬ相手を思い浮かべて、レインはニヤリと邪悪な笑みを浮かべる。
これまで見たことのない凶悪な笑顔に、アイナは顔を引き攣らせた。
「ええと…殺しはダメだからね?」
「俺もある程度なら治癒魔法が使える。」
「それ、壊しても直せば良いっていう極悪人の発想だから…」
レインとアイナが話している間にも、いくつもの魔法が結界に打ち込まれており、僅かにだが亀裂が入りつつあった。
いくら強靭な結界とはいえ、一点を集中して攻撃され続ければいつかは穴が開く。
このままではジリ貧だと判断したレインは立ち上がってアイナに手を差し出した。
「思う存分、頭に思い浮かぶ複雑な魔法陣を展開してみたいと思わないか?」
「え、それってつまり…」
「ああ。手当たり次第相手の陣地に攻撃魔法をぶち込む。」
「は!??無理無理無理無理無理!同じ学園の生徒に向かってS級の攻撃魔法を撃ち込むとか無理でしょう!しかもレインがやれば百発百中じゃんか!」
しゃがみ込んだアイナは両手で耳を塞ぎ、思い切り首を横に振った。
レインの声色からして身も凍るような笑顔を浮かべているに違いないと、彼女は彼の顔を見上げることすら出来ない。
「いいからやれ。さもなくば、ここに撃ち込むぞ。」
「は!?何それ、完全なる脅しじゃん!!レインの鬼畜!悪魔!人でなし!」
「何とでも言え。俺の意思は変わらない。ほら、早くしないとお前が丸焦げになるぞ。」
「それが愛する者に対する仕打ちかっ!レインの馬鹿っ!!もう知らないんだからっ!!!」
レインの挑発に乗せられたアイナは、両手を伸ばして複雑な陣をいくつも展開する。いつかの授業で見せた時より数が多い且つ数倍複雑で数倍精度の高いものであった。
何一つとして綻びの見当たらない美しい魔法陣に、レインはすっと目を細める。
「それでいい。お前に擦り傷ひとつ付けさせるかよ。」
レインの言葉は、魔法陣を作ることで手一杯のアイナに届くことなく独り言として宙に舞う。
一つ瞬きをして呼吸を整えたレインは、アイナの魔法陣に魔力を込める。
すると、魔力不足でまばらに光っていた魔法陣が一気に満たされ、美しく輝き出した。
「行け。」
レインの短く静かな声とは裏腹に、彼の言葉をトリガーとして全ての魔法陣から攻撃魔法が発射された。そして、いくつもの放物線を描いて敵がいるであろう場所に向かって瞬時に飛んで行ったのだった。




