真夜中の独り言
俺はあの日、何もかもが違う彼女を目にして困惑した。
困惑…と言うのには少し言葉が違うかもしれないが、心が動いたようなそんな気がしていた。その事実を自覚したのはもっと後になってからだが。
あの時、彼女に対して自分に見惚れたかなどとひどく傲慢な言葉を吐いた俺だったが、口にした瞬間後悔した。
正面から覗く彼女は今までに見た誰よりも可憐で美しく魅力的であったからだ。
そして何より、今までの彼女とはまるで違うその姿に、彼女の真っ直ぐで意思のある性格が透けて見えたような気がしたんだ。
あんなにも努力した者を俺は知らない。あの僅かな期間で劇的な変化をするとは、相当な覚悟であったことが窺い知れる。
無いものねだりをせず、無いものに絶望せず、強い意志と共に変わった彼女を俺は心から尊敬した。
それなのに、
彼女は他の奴らから言いように使われて下に見られていて無性に腹が立った。
こんなにも何かに怒りを感じたのは初めてのことだった。
何事にも無関心でいたはずのに、彼女のことなるとそうはいられなかった。嫌でも動くこの心を押し留めることなど出来なかった。
しかし俺はそれを彼女本人にぶつけてしまった。自分自身を卑下している彼女のことも許せないと思ってしまったんだ。
何も関係のない赤の他人のはずなのに。
だから俺は彼女に声をかけてしまった。
あんな言い方するつもりはなく、単純に助けになろうとそう思っただけなのに、人と距離を置いて生きてきた俺は距離の正しい取り方が分からなかった。
つい憎まれ口を叩いて、
つい舌打ちをして、
つい罵って、
つい虐げてしまう。
そのくせ、彼女に近づく者は全力で排除するどうしようもない奴だ。自分でも笑ってしまうほど屈折した性格だと思っている。
そして、彼女が逃げないように既成事実を作って婚約者という立場を確立させてしまった。
ようやく確固たる関係になれたことに安堵すると共に、本心では不安で不安で堪らなかった。
『レインのことなんて別に好きじゃないんだけど』
そう言ってある日突然自分の前から姿を消してしまうのではないかと何度も考えしまった。夢にまで見たほどだ。
彼女は素直だから、自分に従っているだけに違いないとさえ思っていた。
ずっとそう思っていたのに、初めてちゃんと彼女の口から俺に対する想いを聞くことができて、ようやくほんの僅かにだけ安らぎを得ることができた。
その言葉が気まぐれでも一瞬で消える想いであっても、俺のことを好きだと言ってくれた彼女が確かに存在したことが何より嬉しい。それが例え、刹那の愛であったとしても。
初めて興味を持った唯一の人。
俺の感情を動かす唯一の人。
自分よりも大切にしたいと思えた唯一の人。
強引に手に入れてしまった彼女だから、これからは出来るだけ優しくしようと思ってる。
…いや、やはり俺にはまだちょっと難しいかもしれない。とりあえずなるべく舌打ちをしないように善処しよう。
もう手に入れた温もりを離す気はないし、これなしでは生きていける気がしない。
今腕の中にある温もりが俺の全てであり、命を賭してでも守り抜きたい。
…まぁ、こんな独り言をいくら言ったところで相手に伝えなきゃ何も意味がないんだが。
それでも当分先までは話してやらないつもりだ。そんなこと出来るかよ。恥ずかしくて死ぬ。
恐らく一生言葉に出来ないと思うが、上手く伝えられない代わりにこの手を一生離さない。俺はそう心に誓った。
いつでもどんな時でも彼女のそばにいて彼女のことを一番に考えて常にその心に寄り添うことが俺なりの愛し方であり、それ以上はない。
だから、
たまの意地悪や舌打ちは見逃してほしい…




