リリアから聞いた昔の話
「なんか最近ピリピリしてない?」
アイナは、午後のお茶を用意するため自室を訪れていたリリアに尋ねた。
冬休みに入ってからどことなく父親であるケントンが殺気立っているように感じることが増えていた。
それを本人に尋ねるわけにもいかず、事情を知っていそうなリリアに探ることにしたのだ。
だが、自分が知らない話となると敢えて隠されている可能性もあると思ったため、『誰が』とは言わずにぼかしてみた。
「特にそのようなことは感じておりませんね。恐らくお嬢様のお考え過ぎかと。」
「そっか…」
予想していた通り欲しい答えを得られなかったアイナは、諦めて紅茶に口をつけた。
いつもとは違う鼻に抜ける高貴な香りと口の中に残る雑味のない甘さに、アイナは思わずしかめ面になる。
「この紅茶って…」
「ええ、レイン様より贈られたものですよ。トルシュテ家への年末のご挨拶だとか。相変わらずお心配りの素敵なお方ですね。」
「うわ、やっぱり…どれだけうちの家族に取り入ったら満足するんだ…」
「お嬢様、紅茶と一緒にこちらのクッキーも頂きましたけれど…先方にお返しになりますか?」
「いる!入ります!食べます!」
即答で手を挙げたアイナ。
彼女の家族のみにならず、しっかりと彼女自身もレインの思惑にハマっていたのだった。
「そう言えば、ここ最近兄様を見かけていない気がするんたけど…また何か変なことをやってたりしないよね…?」
レインの一件で以前よりも距離が近くなったものの、ここ最近は顔を合わせることが無かった。
アイナ自身も試験勉強と魔法の特訓に時間と全思考を使っていたため特に気にしておらず、今になってふと思い出したのだ。
「最近は王宮に出入りされており、邸にいない時間も多いようですよ。」
「は!?王宮!!?」
トルシュテ家とは縁もゆかりもないずの固有名称に、アイナは驚いて声を上げた。
『王宮』という単語ですら一生のうち1度使うかどうかと思っていたのに、実の兄がそのような場所に足を運んでいるなどと、悪い予想しか頭に浮かばない。
「な、なんで?何をやらかしたの?出入りできてるってことはまだ最低限の自由は確保されているってことだから、投獄には至ってないのよね?なんとか罪を軽くする方法を模索しないと…」
「お嬢様っ!そのような縁起でもないことを仰らないで下さいませ!」
「え…違うの…??」
「違います。いいですか、ケルスト様は魔法理論に関する論文が評価され、研究者候補者として王宮に通っているのです。このまま行けば、卒業後の進路は王宮務めになると旦那様か仰っていました。本当に素晴らしいことです。」
「なにそれすごい……兄様って勉強が出来るタイプだとは思っていたけれど、本気になれば研究者になれるほどだったんだ…知らなかった。」
「トルシュテ家の血筋は、元来研究者気質ですからね。魔法理論が圧倒的に得意な分魔力量が極端に少なく、そのせいで末端貴族の座しか得られなかったのだと。それでも貴族の座に居続けられるのは、旦那様がその実力で他貴族からの魔法関連の書類仕事を請け負っているためですよ。」
「その話も知らなかった…うちにそんな背景があったんだね。得意な分野があるのに、生まれながらの魔力量のせいで認めてもらえないって、お父様も辛かっただろうね…」
父親のことを想うアイナに、リリアはそっと空になったティーカップに紅茶を注ぐ。
「旦那様は家族を養えるだけで十分と常日頃から仰ってましたよ。ただ、お子様…お嬢様達の行く末だけを心配していらっしゃって…」
「え?私と兄様の心配を?」
「ええ。自分の代はなんとか今の生活を守れても、自分の子どもには辛い思いをさせるかもしれない、それならば一層虐げられない平民の中に…というお考えもあったようです。」
「そう、だったんだ…」
私何も知らなかった。
自分が華麗なる学園生活を送りたいからって、自分勝手に貴族残留を願い出たけれど、父親はもっと先の未来を考えてくれていたんだ。
私は自分のことしか考えていなかったな…
「だからこそ、お嬢様が前向きになられて自分のご意思を持たれて、あまつさえあんなに素敵なご婚約者様をつかまえてくるわけですから、それはもう大変なお喜びようでしたよ。旦那様は、お嬢様がお嬢様らしくあることを何よりも望んでいらっしゃいますから。」
否定的に捉えてしまったアイナに、リリアはすかさず気遣いの言葉を重ねる。
その嘘偽りのない言葉に、強張っていたアイナの表情が緩んだ。
「そんなこと言われたら、私はもう私らしく突っ走るしかないじゃない。」
「そうですよ。ケルスト様も我が道を見つけられたのですから、お嬢様は何も気にせず想うがままに貫いて下さい。」
「ありがとう、リリア。よし、そうと決まれば早速魔法の鍛錬をする!私が今の望みを叶えるためには避けては通れないことだから。」
「ふふふ、大変ご立派です。」
人の気持ちを知ってそれを自身の活力に変換するアイナに、リリアは誇らしさが込み上げていた。
自分の意思で自ら選んだ道を歩くアイナの姿が眩しくて仕方がなく、自分の人生はこの方のためにあったのだと自覚させられる。
『あんな落ちぶれた家に仕えるなんて可哀想にね。』
『あら、トルシュテ家ってまだ貴族だったの?』
『貴女の家は親の代から仕えているから、仕方ないわよ。でもあんな家に当たって災難ね。』
親族にも仕事仲間にも、散々な言葉をかけられてきたリリア。
世間の風当たりは使用人である彼女に対しても冷たかった。
先代の頃からトルシュテ家に仕えており、当時の当主も現当主もいつだってリリアのことを尊重してくれて、家族のように大切に扱ってくれる。
一使用人でしかない自分にも家族同様の愛情を持って接してくれるトルシュテ家の人々には感謝と尊敬の感情しかなく、だからこそ、いつだって主が下に見られていることが辛かった。
それが今、アイナ性格が変わってそれがケルストに伝播して、彼女の魅力で惹きつけたレインもいる。
もしかしたらトルシュテ家が真っ当な評価を得られる日はそう遠くない未来なのかもしれない、とリリアは嫌でも期待してしまう。
「ほら、リリア。外に行くよ!家の中で物を破壊したら大変でしょ。」
「ええ、そうですね。外は冷えますからコートを着ていってくださいね。」
「分かってる!」
当たり前のように自分のことを連れて行こうとするアイナのことが愛おしくて堪らず、つい口元が緩んでしまう。
リリアはニヤつく顔を押さえながら、念の為にとブランケットを手に取り、彼女の後をついて行ったのだった。




