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学園デビューしたいのに、ツンデレ男が邪魔してくる  作者: いか人参


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一番に褒めてもらいたかった


『で?』


言外にそう言っているような冷たい目で見てくるレイン。

現在進行形でぴったりと寄り添う彼によって馬車の中に放り込まれてしまったアイナに逃げ場はなく、とにかく必死に言い逃れすることを考えた。




「えっと、今回思った以上に順位が伸びなかったなーなんて、ははは。」


相変わらずレインに詰められた時の嘘がド下手のアイナ。

お願いだからこれで納得してくれ!と言わんばかりに上目遣いで隣の彼のことをチラリと見る。




「お前何馬鹿なこと言ってんの?」


「え?」


「そんなの当たり前だろ。」



『当たり前』


あんなに必死に、文字通り机に齧り付いて勉強してきたというのに、それを一番近くで見てきた相手に価値がないものとされ、アイナの中で何かが崩れ落ちる音が聞こえた。



どうして貴方がそういうことを言うの…


毎日放課後一緒に勉強して、行き帰りの馬車の中でも勉強して、課題も出してもらって、全ては公爵に認められるためにってレインと共に頑張ってきたと思ってたのに……


レインは最初から私に期待なんて…




「おい」


ひとり絶望に晒されるアイナに、レインは彼女の頬をぺちっと軽く叩いてきた。

焦点の合っていなかったアイナの目にレインが映る。



「勝手に勘違いすんなよ、馬鹿。」


真っ直ぐとアイナに向けられたダイヤモンドの瞳には僅かに後悔の色が現れていた。



「俺は、現状維持すること自体が難しいって言ってんの。お前の努力を否定したわけじゃない。」


「えっと、それってどういう…」


レインが自分のことを気遣ってくれていることはなんとなく分かったが、彼が言わんとしていることはよく分からなかった。ポカンとした顔でレインのことを見つめ返す。



「お前、今回の試験から実技の点数が加点されることを忘れてるだろ。」


「あ……」


ようやく理解したアイナは、ひどく間抜けな声を出した。そして、呆れたレインは盛大にため息をついている。



2年生からは実技の科目の重要度が上がり、試験範囲に加えられることになっていた。


だが、その対象は一定の魔力量を保持する伯爵家以上の者達のみだ。それ以外は不利にしかならないということで対象から外され、魔力行使に関するレポートを提出する代わりに一律同じ点数が加味される。


よって、実技のテストを受けられない者は他の者との点差を開くことは難しく、2年生の後半からは高位貴族達と同じ土俵で戦うことが出来なくなるのだ。


その点を鑑みると、アイナのほぼ同じだった順位はむしろ評価されるべきものであった。




「俺がお前の努力と結果を認めてるんだ。素直に喜べ。」


レインの飾り気のない確かな言葉に、アイナの視界が涙で滲む。

自分が頑張ってきたこととその成果を、他の誰よりもレインに褒めてもらいたかったのたと気付いた。



「泣くな馬鹿。お前に泣かれるとどうして良いか分からなくなる。」


レインはアイナのことを自分の胸に優しく抱き寄せた。

感情が昂る彼女のことを宥めるように、何度も何度も髪を撫でる。アイナにはそれが心地よくてたまらなかった。


溺れてしまいそうなほどの気持ちよさに、少し気恥ずかしくなったアイナは悪い癖でつい軽口を叩いてしまう。



「自分で俺のいないところで泣くなって言ってたのに?」


「お前」


アイナの髪を撫でていたレインの手がぴたりと止んだ。

先ほどまでの優しい雰囲気はどこへやら、彼の纏う空気は一気に冷え込んだ。



「ひっ」


やってしまったと思った時にはもう遅い。

レインの冷え切った目はアイナのことを捉えて離さない。

怯えた彼女に向かって、レインは美しいほどに歪んだ笑顔を向ける。



「そんなに俺に口付けをして欲しかったのか?」


「は?え、なん…で…」


「俺にその口、塞がれたかったんだろ?」


にっこりと微笑んだままアイナが逃げられないように後頭部へと手を回す。もう片方の手は彼女の背中へと回した。


怯んだ目をするアイナのことをじっくりと眺めるレイン。その恍惚とした表情に、アイナの身体が震えた。

怖いのにそれを欲しいと思ってしまう自分自身のことが一番怖いと思ってしまった。そしてその怖さ故に拒んでしまう。




「ご、ごめん!私が悪かった、だからっ…」


「もう遅い。この馬鹿。」


「んっ」


アイナの動きを封じたレインは、ゆっくりと口付けをした。


眼前に迫る美しい顔、うっとりとした表情、近づく体温、優しく支えてくる大きな手、その全てに耐えきれなくなったアイナは目を閉じて彼に身を委ねる。


その瞬間は怖いと思うのに、始まればもう至福以外の何物でもない。

繰り返し訪れる幸せなひとときに、アイナはされるがまま応えてその幸福を噛み締めていた。




「満足したか?欲しがりアイナ。」


口元に手を当て、妖艶な表情てクスッと笑みをこぼすレイン。


今度は、キスの雨を降らせて上機嫌のレインが軽口を叩いてきた。だが、彼の腕の中でぐったりとするアイナには言い返す気力も残っていない。しばらくの間、レインの独壇場となったのだった。




馬車がアイナの邸に到着した。



「髪、乱れてる。」


「だっ、誰のせいでこんなっ……」


真っ赤になって狼狽えているアイナのことを無視して、レインは手櫛で整える。

さらにぐしゃぐしゃにされると身構えていたアイナだったが、レインは意外にも丁寧な手つきできちんと整えてくれた。


色々と整ったところで、レインはいつものようにアイナの降車をエスコートする。

だが、地面は降り立った瞬間、レインの纏う空気が一瞬険しくなった。



「…お前の家、聖水を撒き散らす趣味でもあんの?」


「は?何をいきなり…あんなに高価な物を無駄遣いするわけないでしょ。用途がないくせにひと瓶でうちの年収入くらいあるんだから。」


「ふうん」


レインはダイヤモンドの瞳をすっと細めると、思案顔で遠くを見ていた。





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