なんとも微妙な試験結果
前回とは比べ物にならないほどのプレッシャーを背負い、恐々と掲示板に貼り出された紙に目を向けるアイナ。
だが実際は、ゆっくりと片目を開けては閉じを繰り返すだけで何一つ視界に入れてはおらず、必要な情報を得ることが出来ていない。
この結果を目に入れれば最後、自身の将来が確定してしまうような恐ろしさがあり、それを受け入れる心の準備を行うことに時間を要した。
意を決したアイナは、気合いで両目をこじ開けた。
「神様、神様、神様、神様っ…」
両手を握りしめて縋るような目で、貼り出された試験結果の順位表を下から読んでいき、自分の名を探す。
『第7位 アイナ・トルシュテ』
自分の名前を見つけた瞬間、アイナは深く息を吐いた。
「よ、良かった…」
僅かにだが、前回よりも良くなっているその順位に、ほっと胸を撫で下ろした。
一気に緊張が解けた反動で踏ん張っていた足に力が入らなくなり、よろけてしまう。
隣で見守っていたレインがすかさず彼女の腰を支える。
「アイナ、本当によく頑張ったね。素晴らしい順位だよ。おめでとう。」
甘い声で絶賛しながらアイナのこめかみにキスをしてくるレイン。そんな彼は相変わらず、余裕の一位であった。
死ぬほど努力して前回とほぼ同じ順位の自分と、毎回危なげなく一位の座に君臨するレインとの差に、アイナからは思わず乾いた笑いが漏れ出ていた。
「アイナ、おめでとうっ!!」
一番近くでアイナの努力を見て来たカシュアが勢いよくアイナに抱きついて来た。
身分差を埋めるために学力は貴重な武器になると信じているカシュアは、これでまた親友の恋の障壁が低くなったに違いないと自分のことのように喜んでくれている。
「ありがとうっ…カシュアっ!」
アイナも泣きそうな顔でカシュアのことを抱きしめ返した。
いつだって同じ目線に立って労ってくれる彼女に、感謝の気持ちしか見当たらない。
だが、強固な絆で結ばれた感動的な場面だというのに、レインから注がれる視線は冷ややかであった。
「アイナ、僕の時よりもすごく嬉しそうだ。二人は本当に仲がいいんだね。」
にっこにこの笑顔で放たれた彼の言葉の破壊力はすさまじく、アイナの泣き笑いの顔は一瞬にして真顔へと戻る。
「そ、そんなことないと思うけどな、ははは。」
「ふふふ。そうだよね、アイナにとっての一番はいつだってこの僕だものね。」
同じ笑顔のはずなのに、アイナは明後日の方向を向いて額に汗をかき、レインは蕩けるような笑みで真っ直ぐにアイナのことを見つめていた。
どこからどう見ても、レインに追い込まれたアイナという構図にしか見えない光景だったのだが、恋愛小説オタクのカシュアには違ったらしい。
『こんなにも深く想い合っているなんて、本当に素敵!ああなんて、絵になる光景なんだろう…』
うっとりとした表情で眺め続けていた。
「でも、7位か…」
ふと冷静になったアイナが不満げな声を出した。
記憶が戻ってからは連続して9位で、今回が7位…あれだけ追い立てられて勉強したというのに、それでこれだけの上がり幅…
って、ちょっと待って…
私前回確か、あのシエン・ロックハートの次の順位でその上がジュリアンヌだったんだよね、そして今回その二人とも順位表に名前が載っていないという……え、これって結局、その二人が下がった分私が繰り上げになったってこと??…なにそれ、ぜんぜん順位上がってないじゃん。。。嘘でしょ……
あ、そういえば…
シエンってあれから見かけたことないけれど、どうしたんだろう…レインとの初登校イベントから怒涛の日々過ぎてすっかり頭から抜け落ちてた。。
もしかして、退学してたりするのかな…
まぁ、私には関係ない話だけど。
「アイナ」
「ん?」
何気なく振り向くと、吐息が掛かりそうなほど近い位置にレインの美しい顔があった。
あまりの近距離に慌てて顔を晒そうとするが、その前にレインの両手で頬を挟まれてしまう。
「な、なに…」
何も悪いことはしていないはずと思いながらも、レインに詰め寄られるとどうしても狼狽えてしまうアイナ。
目を泳がせながら、動揺する心を押さえて必死にレインのことを見返した。
「お前、今他の男のこと考えてただろ。」
「なっ…」
言葉に詰まったアイナ。
決してやましいことはしていないのに、冷徹な声で吐き捨てるように言ってくるレインに動揺しまくりで、何も言えなかった。
そして、言い返してこないことを肯定と捉えたレインは一層凍てついた視線を投げつけてくる。
「いや、別にそんなことじゃ……ひいっ」
言い訳しようとするアイナのことを鋭い眼光で黙らせると、レインは一転穏やかな表情をカシュアに向けた。
「アイナはひどく疲れているみたいで…今日はこのまま僕が連れて帰ってもいいかな?」
「もちろんです!」「はっ!?」
前回同様に、カシュアと二人でお疲れ様会を開こうとしていたアイナ。
久しぶりの女子会を心の底から楽しみにしていたというのに、レインにその機会を奪われてしまった。
「ちょっと!人の楽しみを勝手に…」
「アイナ、よほど疲れていたんだね。大丈夫、僕がちゃんと運んであげる。」
「はっ。一体何を言って……え!?ちょっと!!」
アイナの言葉を全無視したレインは、あっという間に彼女のことを横抱きにして抱え上げてしまった。
「!!」
「僕には甘えて良いんだからね。」
レインは器用にも狩る側の目をしたまま、優しい顔で微笑んでいる。
試験結果の貼り出された廊下は大勢の生徒で溢れており、その大勢の視線を独り占めにするアイナは、目を閉じてやり過ごすことしか出来なかった。
「フッ」
ようやく大人しくなって腕の中に収まるアイナに、レインは勝ち誇ったような笑顔を浮かべたまま、馬車へと歩いて行ったのだった。




