相変わらず分かりにくい優しさ
「さっきの誘い、断れよ。」
公爵家の馬車の中、いつもの通りアイナの隣に座ったレインは面白くなさそうな顔で窓の外に目を向けている。
「さっきのって…??」
「チッ」
「いっ…」
久しぶりに見る機嫌の悪いレインに怯えたアイナは、反射的に両手で頭を押さえた。
特に意味のある行動ではないが、何かしら防御の姿勢を取らなければ恐ろしくて彼の隣に座っていることなど出来ないと感じていた。
「ラグナート伯爵の」
「あ…マイカさんが誘ってくれたお茶会のことか。って、何で誘いを断らないといけないの?せっかくのクラスメイトと仲良くなれるチャンスが…」
「お前が行くと碌なことにならないから。」
「なんでそうやって決めつけるの。」
有無を言わせぬ物言いをするレインに、アイナはつい強い口調で言い返した。
だが、彼はアイナの方をチラリと見ただけで何も言って来ようとしない。
しばらくの間、沈黙を続ける二人。
レインは窓の外を見続け、アイナは手元に視線を落としたまま顔を上げずに唇をキツく結んでいる。
気まずい空気のまま、二人を乗せた馬車は何事もなくいつもの速度で進み、アイナの家に到着した。
御者から到着の合図があり、いつもならレインの手を借りて外に出るアイナだったが、この雰囲気でそれが出来るわけもなく、無言のまま彼のことを見ないようにして自らの手でドアを開ける。
「待て」
無視を決め込もうとするアイナだったが、外に出る一歩手前でレインに腕を掴まれて呼び止められてしまった。
「…何?」
可愛くないと分かっていつつも、頑なな姿勢になってしまう。
それに、アイナには今回ばかりは何も悪いことはしていないという自信があった。
だからこそ、振り返って正面からレインのことを見返した。
「もう二度と俺のいないところで泣かせてたまるかよ。」
「えっ…」
はっきりとしたレインの言葉に、アイナは目を見開く。
てっきり、自分の行いのせいで相手の家に迷惑を掛けるという意味だと思っていたアイナ。
自分の身を案じる彼の言葉に、自分の内臓の全てを鷲掴みにされたような気持ちになった。
なんだかんだ言いつつもやっぱり自分に優しいレインに対して温かな感情が込み上げてくる。
「私のことを心配してくれたってこと…?それ物凄く嬉しいんだけど、そういうことだよね?心配だから行ってほしくないってそういうこと??ねぇ?」
嬉しさのあまり、レインの腕を両手で取って質問攻めにするアイナ。
彼のことを一心に見つめるその瞳は、夜空に煌めく星のように輝いていた。
あまり見ない彼女の姿に、レインはさっと顔を逸らす。
「二度も言うか。この馬鹿。」
相変わらず返事は冷たかった。
だが、アイナにとってそんなことはどうでも良かった。
レインの素直な言葉を聞いて、どうしようもないほど彼に対する愛しさが込み上げる。
「嬉しい。」
憎まれ口を叩きながらもエスコートの腕を差し出してくれるレインに、アイナはまたもや笑みを溢しながら、軽い足取りでステップを降りて行ったのだった。
***
翌朝いつにも増して上機嫌のアイナは、教室でマイカの登校を待ち侘びていた。
自席で本を読むフリをしながら、チラチラと入り口の方を気にしている。
そして、彼女の姿が見えた瞬間、席から立ち上がり教室の入り口まで迎えに行った。
「トルシュテさん、おはようございます。」
「おはよう、マイカさん。えっと、昨日のことなんだけど」
突然話しかけてきたアイナに、マイカはまつ毛の長い瞳をパチリと瞬かせた。
くうっ……………
ああやっば可愛いなあ…仲良くなりたいなあ…でも私は、レインの気持ちも大事にしないといけないんた。
「お茶会はやっぱり参加できないの。せっかく誘ってくれたのに、本当にごめんなさい。その、レインが私のことをしんぱいし、」
「アイナがね、僕が一緒でないと絶対に行きたくないって言うんだ。ただ生憎、僕はしばらく予定を空けられなくてね…」
は……………。
この人、今なんて…???
「それなら仕方ありませんわね…またレイン様のご都合の良い時にお誘いさせて頂きますわ。」
「そうしてくれると助かるよ。アイナは、僕がいないと駄目みたいでね。ふふふ、困ってしまうよね。」
レインは、全く困っていない顔で心底嬉しそうに微笑んでいた。
「まぁ、本当に仲がよろしいのですね。羨ましいですわ。ほほほ。」
「ふふふ」
「え、あ…」
アイナがまともに口を挟めないまま、いきなり現れたレインによってこの話題は終了となり、マイカはその場から去って行ってしまった。
「もうっ!レイン!!貴方はまた勝手なことばかり言って、人のせいにしてっ…」
声を荒げるアイナに、クラスメイト達の視線が集まるがそんなことは気にしていられなかった。感情のままにレインへと詰め寄る。
「アイナ」
だがレインは、アイナの機嫌などお構いなしに、激昂する彼女のことを愛おしそうに見つめながら優しく髪を撫でてくる。
「怒っている君も可愛いね。」
「っ!!」
甘さのある声で囁いてくるレインに、アイナは思い切り身体をびくつかせて、顔を真っ赤にしている。
これが彼の仮初の姿と頭では分かっているのに、どうしても心は浮足立って騒がしくなってしまう。結局いつも彼の思い通りになってしまう自分が恥ずかしく、アイナは俯いた。
大人しくなったアイナを見て満足そうに微笑むレイン。だが彼は、いかなる時もトドメを刺すことを忘れない。
周囲に聞こえないよう、真っ赤になっているアイナの耳元に唇を寄せる。
「そんな顔して、一体俺にどうして欲しいわけ?言えよ。責任取ってやるから。」
いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!
余裕の笑みを浮かべるレインと耳まで赤くして赤面するアイナの二人に、クラスメイト達は、『ああやっぱり、ただの痴話喧嘩か…』と一斉に興味を失っていたのだった。




