金銭感覚の違いを思い知る
「おかえりなさいませ、お嬢様。」
「た、ただいま……」
連日疲労困憊で帰ってくるアイナのことを、送り届けてくれた公爵家の馬車の前まで迎えに行くことがリリアの日課となっている。
本来であれば、レインのエスコートで邸の玄関まで入ってくるのだが、リリアはアイナに泣きつかれて最近は馬車の前まで迎えに行くようにしているのだ。
その理由はリリアにはよく分からなかったが、アイナ曰く『死にそうになる程レインが追い込んでくるから』の一点張りで、きっと幸せすぎて怖いのだろうと好意的に捉えることにしていた。
「アイナ、また明日ね。」
馬車の窓から顔を出したレインが、アイナに向かって小さく手を振り溢れんばかりの笑顔を向けてきた。
「うん、また明日…」
ぐったりとした顔でレインのことを見送ったアイナ。
二人きりの車内で、刺激的な時間を過ごしたせいで疲れきっていた。
「お嬢様、先ほど公爵家からお荷物が届いておりました。」
自室で部屋着に着替えて、寝そべるようにソファーに座るアイナにリリアが小綺麗な小包を差し出してきた。
薄ピンクの紙に丁寧に包まれ、真っ白なリボンが掛けられたそれは女子が喜びそうな可愛らしい見た目をしている。
「今度は一体何…………」
差し出された包にすぐには手を触れず、警戒心を露わにするアイナ。
きっとまた何か裏があるに違いないと疑心暗鬼になっている。
「きっとお嬢様へのプレゼントですよ。御礼状を用意しますから早くお開けくださいませ。」
リリアに急かされ、アイナは慎重に包みに手を伸ばした。
「せいっ!!」
そして覚悟を決めたアイナは、リボンに手を掛けると掛け声とともに勢いよくその封を開けた。
その瞬間、部屋全体が品の良いカカオの香りに包まれる。ベルベット地の重厚な箱の中には、高そうな顔をした美しいフォルムのチョコレートがびっしりと詰まっていた。
「は。普通に美味しそうなんだけど………」
てっきり呪詛か何かが詰まっているものだとばかり思っていたアイナは、肩透かしを食らった。
「まぁ!素敵な贈り物ですね。こちらにメッセージカードもございますよ。」
アイナは差し出されたカードを受け取り、片目を瞑りながら恐る恐る視界に入れる。
ここにも何かあると信じて疑わないアイナ。側から見れば滑稽に見えるほど慎重になっていた。
『いつも頑張っているアイナへ。休息のひと時を君とともに。』
そこには至極真っ当な言葉が書かれていた。
しかし、カードを手にしていたアイナは、息を潜めている違和感に気付いた。
「ねぇ、なんかこの紙おかしくない?微量だけど魔力が込められているような……」
「生憎魔力がほぼない私には分かりかねますが、もしかすると魔法封じの類でしょうか。」
魔法封じとは、魔力を込めることによって隠されていた文字が現れるというこの国で一昔前に流行った遊びだ。
「魔法封じって、魔力を込めればいいの??」
「ええ。ただ…ある程度の量の魔力を込めないと変化は現れないかと…」
「それなら大丈夫。さっきレインに…ごめん、何でもないわ。」
「??」
『口付けされた時にかなりの量の魔力をもらったから』
そんなことをついうっかり曝露しそうになっていたアイナ。
いくらリリア相手とはいえ、口にしたら最期恥ずかしさで死んでしまう。慌てて口をつぐんだ。
魔力使用による疲労は魔力供給が一番だというレインの独断で、馬車の中キスの雨を受けていたアイナ。
ついその時のことを思い出してしまい、かっと顔が熱くなる。
「と、とにかく!これに魔力を込めればいいのね!」
恥ずかしさを紛らわすように、アイナはカードを握る手から魔力を注ぎ込んだ。
なるほど、これは結構な量の魔力を持っていかれるかも……あ、でもあとちょっとな気がする……
「出て来たっ!!」
魔力を注ぎ込んでしばらく経つと、キラキラと輝きながら文字が浮かび上がってきた。
紙面から一文字ずつ文字が浮かび上がるその幻想的な光景に魅入るアイナ。
直に魔法に触れ、そのファンタジー感溢れる様に瞳を輝かせる。
『俺の口付けのおかげだな。』
「…っ!!」
だが、浮かび上がったメッセージを目にした瞬間、カードを床に投げ捨てた。それも足で踏みつけるおまけ付きだ。
「お、お嬢様っ!!なりませんっ!」
慌てたリリアが投げ捨てられたカードを回収する頃には文字は消えていた。
魔力を注いだ者の手から離れるとまた文字が消える仕組みになっているらしい。
「リリアっ!!私もレインに返事を書きたいから魔力封じの紙を用意してっ」
「……トルシュテ家の財政事情では、小指分の面積の紙を用意するのが限界かと。」
「この、ボンボンがーーーーー!!無駄にお金を掛けた悪戯をしてくるなーーー!!!」
力の限り叫ぶアイナ。
レインが贈ってくれたチョコレートは、アイナのストレス解消のため物凄い勢いで消化されていったのだった。




