恋に恋するカシュア
レインとの初登校イベントを終えたアイナは、疲れ切った顔でカフェテリアにいた。
彼女の前には、瞳を輝かせてアイナのことを真っ直ぐに見つめるカシュアの姿がある。
結局、レインとの婚約について何も詳しい話を出来ないまま放課後を迎えてしまったため、少しだけカシュアと二人でお茶をしてから帰ることにしたのだ。
「アイナ!やったじゃない!本当におめでとう。あんなに素敵な方と両想いだなんて、ほんとにほんとに恋愛小説さながらの大恋愛ねっ」
「そうなんだろうけれど、なんでかな…今は浮足立つ暇がないというか余裕がないというか…」
「もうっ!私に気なんて使わなくていいから、存分に惚気てよね。ねぇねぇ、婚約したんでしょ?プロポーズの言葉は何だった?」
アイナの数億倍幸せそうな顔で見つめてくるカシュア。知らない人が見れば、彼女こそが当事者だと勘違いすることだろう。
そんな彼女に羨望の眼差しを向けられたアイナは、ティーカップに口を付けてこれまでの経緯を思い返していた。
「ええと…『責任を取れ』とかそんなだったかな。」
気恥ずかしさもあり、大胆に話を端折った。
これだけ聞けば、どんな相手でもアイナの身を案じてきそうなものだが、恋に恋する乙女はだいぶ都合の良い解釈をしてくれた。
「まあ!『惚れさせたのは君なのだから、責任を取って僕の妻になって欲しい』だなんてっ!物凄く甘い言葉をおっしゃるのね。素敵だわ…」
「……うん、まあ、そんなかんじ。」
拡大解釈も甚だしかったが、これ以上この話を掘り下げたくなかったアイナは適当に頷いておいた。
そんな彼女のことを見るカシュアの瞳は完全にハートマークになっている。
「見た目だけでなく、中身も素敵だなんて…物語に出てくる王子様のような方だね。あ!心配しないでね!私はレイン様のことは何とも思ってなくて、二人のことを応援しているだけだから!それに今だって…」
カシュアが不意に視線を横に向ける。
すると、窓際の席で足を組み片手で本を読んでいたレインがすっと顔を上げ、アイナに向かって小さく手を振ってきた。
「アイナのことを心待ちにしてるじゃない!本当に愛されているよね。この幸せ者っ!」
「いや、あれはどちらかというと監視寄りというか、私のことを追い詰めにきてるというか…」
「もう何言ってるの?幸せ過ぎて頭がボケたんじゃない?」
「はは…」
大興奮して両手でバンバンと机を叩くカシュアに、アイナは乾いた笑いを返した。
「そろそろ良いかな?」
カシュアにチラ見されたレインが彼女達のテーブルの前までやってきた。
片手で持っていた本の代わりに、今は椅子に置いてあったアイナのカバンを手にしている。
そんな細やかな気遣いに気付いたカシュアは耐えきれず、テーブルの下でバンバンと自身の太腿を叩いていた。
「もちろんにございます!お二人のお時間をお楽しみくださいませっ」
「ちょっと!カシュアっ。まだ話が途中っ…」
「アイナ、貴方はレイン様のモノになったんだから、私の好きには出来ないんだよ。じゃあ、また明日ね!」
「薄情者っ………!!」
去り行くカシュアの背中に恨み台詞を投げつけたが、彼女は振り返ることなく駆け足で行ってしまった。
「アイナ、僕たちも行こうか。」
レインはアイナのすぐそばに立つと、彼女の指を絡め取るようにして繋いできた。
何も言わずに微笑むだけの彼が怖くて仕方がない。
彼からの言葉を待つ時間は恐怖でしかなかったため、アイナは自ら尋ねることにした。
「あの…何か怒ってたりしますでしょうか…」
「ふふふ。僕の顔色を窺っているのかい?可愛いね。何かやましいことでもあるのかな?」
「…いえ、ございません。」
一瞬で心が折れ、それ以上深くは聞けなかった。
その後も穏やかな雰囲気のレインと手を繋いで歩いていたアイナ。
手を引かれて、朝来た時と同じように公爵家の馬車に乗り込む。
アイナが座席に座ると、続けてレインも彼女の横にぴったりと寄り添うように座ってきた。
「え」
朝と違うレインの行動に、自分で思った以上に嫌そうな声が出てしまった。慌てて口を塞ぐが、もう遅い。
凍てついたダイヤモンドの瞳で覗き込まれる。
「で?『責任を取れ』って、それが告白とでも思ってたわけ?」
「は!?そっち!!?」
てっきり薄情者呼ばわりしたことを怒られるとばかり思っていたアイナは、予想外の指摘に驚いて声を上げた。
「なんだよ。」
「…いや、なんでもないです。なんも。」
思い切り横を向いて言い返したアイナの説得力は皆無であった。
「ダメだな。お前がその調子だとまた勘違いされそうで、俺が不安で不安で堪らない。ちょっとこの状態では耐えられそうにない。」
「は…なんて…?」
不安だと宣うレインの顔は、愉快そうに唇が弧を描いており、全く不安そうには見えない。
言葉と表情の一致しない違和感に、アイナは彼から距離を取るように身を引く。だが、レインは彼女が引いた分以上の距離を詰めてくる。
「だからお前に俺の愛を分からせてやる。」
「…っ!!」
気付いた時にはもう、後頭部に手を回され唇を塞がれていた。
突然のことに身体を強張らせたアイナだったが、レインに丁寧な手つきで髪と頬を撫でられるともう何も気にならなくなる。それどころか、嬉しさを感じていた。
そして、ただただ彼が与えてくれる優しさに身を委ねる。
何度も唇を重ね合わせ、粗雑な言葉の裏側にあるレインの真摯な愛を身を持って知ったアイナであった。




