難易度高めのカップル登校初日
『私たち付き合い始めました!』
そんなことを声高に宣言するかのように、レインによってかっちりと手を繋がれたアイナは、どんな顔をしていいか分からず足元に視線を向けたまま息を止めて教室の中へと足を踏み入れた。
その瞬間、予想通りクラスメイトからの視線が一斉に突き刺さる。しかし、彼女の隣に立つレインは平常心そのものであった。
「おはよう、皆。いい朝だね。」
緊張感の漂う教室に、レインの穏やかな声が響く。
そして、ゆっくりと口の両端を上げると、少しだけ首を傾けて絵に描いたような美しい笑みで微笑んだ。
「見ての通り、僕はアイナに色良い返事をもらえたんだ。まさか、僕らの関係を疑う者なんていないよね?」
『まさか』と言いつつ、『お前らそんなことしたらどうなるか分かってるんだろうな?』という脅しを含んだ言い方に、教室のあちらこちから息を呑む音が聞こえた。
アイナに向けられていた視線がひとつ、ふたつと消え去っていく。
え………ここに立つだけでも勇気がいるというのに、この方はこの状況で更に牽制してくるって、一体どんな鋼メンタルしてるの……
私のためにやってくれているパフォーマンスなんだって頭では分かってるのに、そのはずなのに、隣からの圧が怖過ぎて私も横を向けません……もうレインもクラスメイトも怖くて視線を上げられないし、上げるタイミングすら分からないし、この姿勢クビつりそうで痛いし…
はぁ…早く安全地帯(自席)に逃げ込みたい…
「もし疑う者がいるなら、遠慮なく言ってくれ。僕らの関係を証明してあげる。」
は…ちょっと待て。何言ってるんだ、この人。みんなレインの尋常じゃない圧で明らかに敵意を喪失して目を逸らしているというのに、なぜにここで追い討ちをかける…しかも、関係性の証明って不穏な単語過ぎるんだけど、一体何を企んで…
え。
私は床と見つめ合っていたはずなのに、どうして今この綺麗な瞳と見つめ合っているんだろうか…
「そうだな。皆の前で口付けでもしてみせようか?」
「なっ!!!」
「僕は別にそれ以上のことでも…」
「!!」
最後の言葉はアイナにだけ聞こえるように言ってくる、意地の悪いレイン。
クラスメイトへの証明と言いつつ、レインは捕食者の目でアイナのことを見つめており、それは完全な彼女に対する揶揄いであった。
そのダイヤモンドの瞳は、いつも以上にキラキラと輝きを放っていた。
うっとりとする表情のレインに顔を覗き込まれ、不埒なことを耳元で囁かれ顔を赤くして狼狽えるアイナ。
「「「きゃああああっ」」」
その色気溢れる光景に、堪らず女子達が赤くなる顔を隠して悲鳴を上げた。
眼福と言わんばかりに、目元を覆った手の隙間からレインのことを覗き見してくる猛者までいる。
「改めて、僕ら二人のことを宜しくね。」
すこぶる機嫌の良い笑顔で微笑むレインに、もう誰も何も言わなかった。いや、言えなかった。
アイナはすぐにでもこの国から亡命したいくらいには追い詰められていたが、力強く握られている手を振り解くことは叶わず、高らかな婚約宣言に付き合わされる羽目となってしまった。
カフェテリアの個室には、朝とは打って変わり、とてつもなく機嫌の悪いレインと色々と心を使い果たしてぐったりしているアイナと、そんな二人に向かい側ににこにこと一人楽しそうにしているアイタンの姿があった。
レインがアイナと二人きりでランチタイムを過ごそうと思っていたところに、アイタンがわざわざクラスメイトの前で3人でのランチを提案してきたのだ。
親友の婚約者にぜひ挨拶をさせて頂きたい、そんなことを皆の前で言われれば、いくらレインとて無碍に断ることなど出来なかった。
その結果、何とも不思議な組み合わせでランチタイムを共に過ごすことになっていたのだ。
「アイナさん、改めてご婚約おめでとう。こんなレインだけど、本当はすごく可愛いやつだから分かってあげてね。」
「挨拶は終わっただろ。さっさと出て行け。」
「ありがとう、アイタンさっ…んぐ!」
レインのことを無視して返事をするアイナの口に、横からフォークに刺したベイクドポテトを突っ込んできた。
「なにひゅるほっ!」
「俺の前で他の男の名を呼ぶな。不愉快だ。」
「………はひ??」
「ははははっ。レインは僕に妬いてるんだね。自分が中々名前で呼んでもらえなかったから。いいよ。僕とのことは、『ねぇ』でも『おい』でも好きに呼んでくれて。どんな呼ばれ方でも返事をしてみせるから。」
面白くなさそうな顔で頬杖をつくレインと、満遍の笑みで真底楽しそうにしているアイタン。
真逆の態度であったが、アイナには1周回ってそれがごく親しい間柄こその振る舞いだと感じていた。
「もしかして…二人って…」
「ふふふ」「んなわけあるかっ」
「んむっ!」
あらぬ方向に思考を巡らせるアイナに、アイタンは不敵な笑みを見せ、レインは物凄く嫌そうな顔で即座に否定していた。それも、アイナの鼻を摘むおまけ付きだ。
「冗談はさて置き、こうなると学期末の模擬演習が鍵を握ってくるよね。」
「…ああ」
冗談めかした態度はどこへやら、一転真面目な顔をして話し出したアイタンに、レインも真剣な顔で頷いて返す。
「もぎえんしゅう??」
分かりあっている二人に置いていかれ、初めて聞く単語に首を傾げるアイナ。
「魔法を使った実践形式行われる試験のことだよ。これも点数化されて成績に反映されるんだ。」
「初めて聞いた…でもそれ、魔力量がほぼない私たちみたいな下位貴族には無理な話なんじゃ…」
「うん、通常ならね。」
『通常なら』と含みを持たせて答えるアイタンの言葉をニヤリと笑うレインが引き継いだ。
「公爵家に輿入れするお前には、それなりの優秀さが求められる。」
「え、それなりのって……??」
「お前は勉強が出来る馬鹿だから、模擬演習で加点出来れば、公爵を説得できる機会くらいはもらえるだろう。その後のことは俺に任せればいい。」
「ちょっと褒められているのか貶められているのか分からないけど…いやだから、私は魔力が少ないんだから魔法を使った実践なんてむっ…」
「お前にとって、俺との結婚はそれだけの価値なのか?」
レインは、アイナに無理だと言わせぬよう両手で頬を挟むと自分の方に彼女の顔を向けさせた。
僅かな怒りと寂しさを含んだ瞳でじっと見つめてくるレイン。
「でも、だって……」
「安心しろ。俺がお前のために毎日特訓に付き合ってやる。これも俺たちの結婚のためだ。なぁ、愛しの婚約者殿…?」
「ひいっ………」
レインの『安心しろ』は、アイナには『覚悟しろよ』に脳内変換されて聞こえてくる。
いつかの地獄の特訓の日々を思い出して、思わず身震いをした。
「よかったね、最強の家庭教師が味方でいてくれて。がんばれー」
完全に他人事であるアイタンは、いつの間にか追加で頼んでいたスイーツを口に頬張り、至極面白そうな顔で眺めていた。




