史上最高の自分へ
「どうしてそんな…嘘でしょ…お母様は太っている私の方が好きだったってこと…?だからあんな食事を毎日………なんという謀略家……」
開けてはいけない箱を開けてしまったと、アイナは口元に手を当て驚きを隠せないでいる。一方エリーゼは困惑の表情でいた。
「いえ…そういうことじゃなくてね、もちろん今の貴女の姿は素敵よ。でも、私たちは男爵家なの。下手に目立つべきではないわ。きっとこの国はそれを良しとしない。」
「ああそういうこと…それなら大丈夫よ。ちゃんと良い意味で目立ってくるから!」
とても良い顔でサムズアップしてくる娘に、エリーゼは額に手を当て深くため息をついた。
「そうじゃないわ……私の娘はこんなに話の通じない子だったかしら…」
アイナは何に対してエリーゼが頭を抱えているのかよく分からなかったが、とりあえず彼女のグラスにお代わりの水を注いであげた。
「私、今とても楽しいの。なんでもできる気がするから。」
暗い顔をしているエリーゼを励まそうと、朗らかに微笑むアイナ。
そんな彼女の顔を見たエリーゼは何も言えなくなってしまった。
これまで幾度となく見てきた彼女の笑顔にはどこか諦めの感情が入り混じっていた。それが今のアイナは、純粋な喜びしか含まれていない無邪気な笑顔をしていたからだ。
「さ、美容の大敵は睡眠不足だからそろそろ寝ないと!お母様も気を遣わないとダメよ!」
「え、ええ…そうね…」
「じゃ、おやすみなさい!」
「おやすみなさい。」
エリーゼは、アイナに押し切られる形で部屋から出されてしまった。
だが、去り際の彼女の顔は部屋に来た時よりもだいぶ柔らかいものとなっていた。
翌朝、これまで通り早起きをしたアイナは、日課であるジョギングと畑への水遣りをした後湯浴みをして化粧台へと向かっていた。
「スキンケア後にまずはお白いを少し乗せて、まつ毛は十分カールしてるからアイラインを少しだけ引いて目力アップと、ほんのりとチークをつけて、最後は肌色に合ったやや濃いめの口紅を引けば……はい、ナチュラル美人の完成っ!」
「だいぶ印象が変わりましたね…とてもお綺麗です。」
隣で不安そうに見ていたリリアだったが、出来栄えを見ると感心したように頷いた。
「ふふふ、最後は髪ね。黒髪だからどうしても派手さが出ないんだけど……ところがどっこい、ジャーンっ!!どうっ!??」
アイナが艶のある黒髪をかきあげると、その隙間から溢れるように明るい茶色の毛が顔を出した。日光に当たり、煌めいている。
「まぁ!髪を染められたのですか!?こんなこと旦那様にバレれば………」
「大丈夫、インナーカラーにしたから目立たないよ。学園の時だけハーフアップにしてさり気なく見せて、家に入る前には髪を下ろすから。」
「そんなに上手くいくでしょうか…」
「上手くいくんじゃなくて、上手くやるの!だってこれ可愛いんだもん。親にビビってオシャレに制限を付けるなんて中坊じゃあるまいし。私は私の全力で勝負したいの!ねぇ、リリアもこの髪可愛いと思うでしょ?休みの日にやってあげてもよくてよ?」
悪い顔をして微笑みかけてくるアイナに、一瞬いいなと心が揺らいでしまったリリア。邪心を追い払うように慌てて咳払いをした。
「お、お嬢様にはお似合いだと思います。」
「ありがとうっ。今度はお揃いでやろうね。」
リリアが興味を示したことにちゃんと気付いたアイナは、満足そうににっこりと微笑んだ。
「よし、そろそろ行こうかな。」
吊るしてあったコートを手に取り袖を通そうとするアイナに、リリアは慌てて手を貸した。
「いつもよりだいぶ早いお時間ですが、何かお約束事でも…?」
「え、だってもう家を出ないと間に合わないじゃない。」
「15分もあれば着けるので、今からだと正門も開いていないかと……」
「15分?歩いたら1時間は掛かるって。」
「は……………………」
いつも通り馬車でいくものだと信じて疑わなかったリリア。
予想外の展開に、侍女らしからぬ間抜けな声が出てしまった。




