理由は分かってるつもり
「最近俺のこと避けすぎじゃない?」
「…別に。そんなことないけど。」
「は?一体何なの?」
アイナの目の前に立つレインは、彼女に一歩詰め寄り、頑なに目を合わせない彼女の顔を覗き込もうとかがみ込んできた。
『靡かない君のことを面白がっているだけなんだよ』
レインと瞳と目が合うその直前、アイナの頭の中にシアンの言葉が蘇った。その瞬間、彼女はこの場から逃げたくて逃げたくて堪らなくなった。
これ以上彼と相対したくなくて、俯いたまま別れの言葉を口にした。
「急いでるから。じゃあね。」
「おい待て。話はまだ終わってない。」
レインは、踵を返そうとするアイナの腕を掴んできた。
何度も触れられたことのある彼の手だったが、今回のそれはいつになく力が入っており、必死に掴む様には彼の焦りが滲み出ていた。
「離して」
「誰が離すかよ、馬鹿。」
掴んだ彼女の腕を引くレインとそれを振り解こうとするアイナ。
真逆の意思を持つ二人の手は引っ張り合い、膠着状態に陥った。
なんなの…
何でそんなに私に固執してくるの?逃げるから追いたくなるの?自分のものにならないから欲しくなるの?…ただそれだけなんでしょ。
だって私のことなんて、
「…ないくせに。」
「は?言いたいことがあるならはっきり言えよ。」
「私のことなんて、好きじゃないくせにっ!」
アイナが勢いよく発した言葉に、レインは一瞬にして視界が真っ暗になった。
光が見えない。
音が聞こえない。
指先の感覚がしない。
力の抜けたレインの手から彼女の腕がすり抜けていき、アイナは彼の元から逃げるように走り去って行った。
一方、街道に一人残されたレインは、彼の姿を探しにきた公爵家の馬車が迎えに来るまで、一歩も動けずその場に突っ立っていたのだった。
「お嬢様、もう日が暮れますよ。」
「うん、後もう少しだけ。」
邸に戻ったアイナは着替えて何かに追われるように真っ直ぐ畑へと向かった。
一心不乱に元花壇に蔓延る雑草を引っこ抜き、今日の夕飯に使ってもらえるよう食べ頃の野菜を収穫してかごに詰めていく。
いつもと様子の違うアイナに、リリアは何も言うことなくただ側に寄り添って一緒に畑仕事に勤しんでいた。
「この畑が出来てから、もう一年になりますね。」
「ほんとだ…あっという間、だったかな?」
前世の記憶を取り戻してから1年か…去年の今頃は何もかも必死で、出来ることを手当たり次第やって理想ばかり追い求めていたけれど、結局何も変わってなかったのかも…
学生生活も残り1年とちょっと…
人気者までの道のりは遠いな…
アイツのせいでだいぶ時間を無駄にしちゃったせいだよ…今から取り戻せるかな…ほんと、あんなのに目をつけられなければもうちょっとマシな日々を送れたのかもしれないのにね。
何やってたんだ、私は。
「お嬢様は本当に毎日楽しそうにされるようになりましたね。リリアは嬉しいです。」
「見た目を変えてからは、少し自信もついて周りとも臆せず話せるようになったからね。やっぱり努力は裏切らないんだなって思うよ。」
アイナは真面目に返したつもりだったのだが、隣で同じようにしゃがんで作業をするリリアからは笑い声が返ってきた。
「ふふふふふ」
「え??なになになに?リリア、どうしたの?」
「それだけ、でしょうか?」
「何その謎謎…ぜんっぜん分からないんだけど…」
「さて、そろそろお夕飯の時間ですから先に湯浴みを済ませて支度を致しましょう。」
「え、教えてくれないの?」
アイナは、先に立ち上がるリリアの裾を掴んで彼女のことを見上げた。
だが、返ってきたのは優しい微笑みだけであった。
「もうっ。」
教えてくれないのだと確信したアイナは、自分も立ち上がるとスカートに付いた土埃を払い、邸の中へと戻って行った。
***
翌朝、今日は学園が休みのため、アイナは盛大に朝寝坊をしてベッドの上でゴロゴロしていた。
眠くはないのに、何もする気が起きない。
考えないようにしても、気付くと昨日のレインとのことを思い返してしまう。
布団を被っても脳裏からあの光景が離れることはなく、アイナは思い切ってベッドの外に出た。
「ああもうっ!!」
昨日の夜手入れを怠って寝たがためにぐしゃぐしゃになっている髪を更に掻き乱す。
だが、そんなことをしても心にかかったモヤが晴れることは無かった。
「…お嬢様、起きてらっしゃいますか?」
「うん、今起きたよ。」
アイナの部屋に現れたリリアは、何ともいえない顔をしていた。
「どうしたの??」
「ロックハート伯爵家のご子息様よりお嬢様宛のお手紙が届いております。お急ぎの要件のようで…その、今すぐご覧になってお返事を頂きたいと使者の方がお待ちでして…」
「は?何よそれ???」
身に覚えのないアイナは、腕を組み寝起きのボサボサ頭を目一杯傾けて首を傾けていた。




