聞きたい気持ちは山々だけど
カフェテリアにはいくつもの個室が用意されており、先着順で誰でも利用することが出来る。
だが、少人数で個室を利用すると要らぬ噂を立てられることが多く、行事に関連したクラスの集まりやランチを兼ねた勉強会などで使われることがほとんどだ。
今は試験も長期休暇も控えておらず、何もイベントごとがないため、複数ある個室はどれも空室だ。
そんな中、アイナとカシュアの二人は、いつもの日替わりランチを注文すると壁際に並ぶ個室のうちの一つへと入っていく。
なんで彼女たちが…とそんな視線を背中に受けるが、中に入ってしまえば何も気にならなくなる。
「アイナ、また断ったの?」
「なんの話?」
分かっているくせに知らんぷりをして目の前のテールスープに口を付ける。
アイナにとって、物理的な防御結界の中で食べるランチは格別であった。全ての心配事が頭から抜け落ち、口内に広がる美味しさに思わず頬が緩む。
「もうっ。レイン様のことよ!前から逃げまくっていたけれど、最近輪をかけてひどくない??あんな捨てられた仔犬みたいな目を向けてよく無視出来るよね。」
「ひどいって…そんなことないよ。だってほら、カシュアとも授業別になっちゃって、ランチの時くらいゆっくり話したいじゃない。」
「くっ…それは嬉しいけれども、私は親友の恋路も応援したいのっ!」
カシュアは、膝に掛けていたナプキンを広げて目元に当てると、大袈裟に涙を拭うフリをした。
「恋路って…アレは別にそういうんじゃ…」
歯切れ悪く言うと、アイナは誤魔化すように敢えて大きのベイクドポテトを口の中に放り込んだ。
「ねぇ、アイナ。最近おかしくない?レイン様と何かあった…?」
「別に何も…」
俯いてまたポテトを掴もうとするアイナに、カシュアは彼女の目の前からプレートを取り上げた。
「それ、その顔っ!何かありましたってほっぺに書いてあるよ。ほら、誰にも言わないから話しなさい。さっさと、今すぐに!」
貴重な昼食を取り上げられ怖い顔で迫られ、観念したアイナは顔を上げた。
「なんか分からなくなっちゃった…」
弱々しい声で呟くアイナに、カシュアはプレートを返してあげた。
ついでに、自分の皿からポテトをひとつ彼女の皿に移動させる。
「恋する乙女にひとつ恵んでやろう。」
「カシュアまで揶揄わないでよっ!!!」
思った以上に大きな声で言い返してしまったアイナ。
ただでさえ静かな個室がしんと静まり返る。耳が痛くなるほどの静寂に包まれた。
「あ、ごめん…………………」
今にも泣き出しそうな声のアイナに、カシュアは首を横に振った。
「ううん。きっとアイナは彼に何か話したいことがあるんだと思うよ。逃げ回っても状況は変わらないから、少し落ち着いたら話してみてごらん?」
「カシュアの言う通りだ…。逃げても仕方ないって分かってるのに…ありがとう。今度タイミング見て話してみる。」
「うんうん。彼ならきっと、どんなことでもアイナの話ならきちんと耳を傾けてくれるよ。」
「そうだといいな…」
アイナは、カシュアに分けてもらったポテトを口に運びながら、レインに何を話したら良いのかとそんなことを頭の中で考えていた。
しかし、カシュアの前ではそう言ったものの、いざ話しかけようとするとどうしたらいいか分からず、何も変わらないまま数日が経ってしまった。
相変わらず悶々とした日々を過ごすアイナ。
「今日も逃げ回っちゃったな…」
いつもの邸へと戻る街道を歩きながら、アイナは独り言を漏らしていた。
この通りは馬車しかおらず、歩いているものはいない。独り言も言いたい放題であった。
毎日の歩き慣れた道、いつもと変わらない見慣れた風景、今日もそれだけだったはずなのに、街道沿いに並ぶ店の壁に寄りかかる白髪の美しい姿を見つけてしまった。
「どうして…」
一瞬心臓が止まりかけたアイナ。
こんなところで待ち伏せされるとは思っておらず、突然のレインの登場に鼓動が早鐘を打つ。
握りしめた手は汗で湿ってくる。何一つ言葉を発していないというのに、口の中はカラカラに乾いていた。
「アイナ」
下を向いて通り過ぎようとしていたアイナの元に、立ちはだかるようにして近づいて来たレイン。
その声は、普段学園で発している声音とは全く異なり、力強くて確固たる意思が込められていて真っ直ぐに自分へと向かっていることがよく分かる。
自分の姿を映して離さないダイヤモンドの瞳に、アイナ自身も囚われたようにその場から動けなくなっていた。




