レインの犯行予告
「お前の家族、単純だな。」
「返す言葉もございません………」
外に出て周囲に人がいなくなった瞬間、素に戻るレイン。
その第一声は中々に辛辣であったが、アイナは認めざるを得なかった。
「だけど、良い家族だな。」
「え?」
アイナが顔を上げると、優しい表情の中に若干の羨ましさと寂しさが込められているような、そんな複雑な色のする瞳と目が合った。
「俺の家は利益しか考えていないから。あんな風に、自分の子の心配をしたり幸せを願ったり、そんなことは意味がないっていう考えらしい。」
「え、そんなのって…」
「問題ない。俺にはお前がいるから。」
レインのことが心配で言いかけたアイナの言葉は、彼の甘い声によって遮られてしまった。
「アイナ」
熱い瞳を向け、慎重な手つきで頬に触れてくる色の白い大きな手。
夏真っ盛りだと言うのに、頬に触れたその手はひんやりとしていた。
だがアイナには、彼に触れられている部分が燃えるように熱く感じられる。
頬の熱は顔全体から全身へと広がり、夏の日差しも相まって今にも茹で上がりそうになるアイナ。
「ちょ、ちょっと待って………!!」
囁くように名を呼び、ゆっくりと近づいてくる美しい顔に、心のキャパシティを使い果たしたアイナは、顔の前で腕を交差させると全力で抵抗の意思を示した。
まだまだお子様のアイナには、この色気を帯びた展開は時期早々であったらしい。
「…なんだよ。」
途端に機嫌が悪くなるレイン。
拗ねた子どものような顔でアイナのことを睨んでくる。
「それはこっちの台詞!いきなりが過ぎるのよ!少しはこっちの身にもなって……って、なにその表情……」
何か面白いことでも閃いたような、悪戯な笑みで口の端を上げているレイン。
この顔の彼を見ると、アイナは胸騒ぎが止まらなくなるのだ。
騒ぐ心を落ち着かせようと、無意識に胸に手を当てる。
「そうか。分かった。」
「いやいやいやいや、ちょっと待って!そうすんなりと受け入れられるとそれはそれで怖いんですけどっ!!」
「休み明けの学園が楽しみだな。」
「え、何その犯行予告は…………」
怯えるアイナを他所に、レインは馬車へと向かってしまった。
「え、学園に行くのが怖すぎるんですけど…」
去り行く公爵家の馬車を見届けた後、アイナは恐怖で立ち尽くしていたのだった。
***
夏休み明け初日、邸の外に出たアイナはほっと胸を撫で下ろしていた。
「良かった…迎えは来てないみたい。」
こういう時は、同じ馬車で登校して周囲に二人の関係性をアピールするのが外堀を埋めるためのセオリーだと思っていたアイナ。
良い意味で予想が外れ、足取り軽く学園へと向かうのであった。
「おはよう!」
どんなことがあっても朝の挨拶は欠かさないアイナは、今日も元気よく教室に入って行った。
「わたくし、見てましたの。お二人のダンスとても素敵でしたわ。」
「ええ、わたくしもそう思って見ていましたのよ。」
「ありがとう。あの時は緊張で周りが見えていなかったからね。そんな風に言ってもらえて安心したよ。」
レインは教室のど真ん中で女子生徒たちに囲まれ、舞踏会の話をしていた。
相変わらず嘘八百の顔で白々しいことを言ってのけている彼に、アイナは聞こえなかったフリをして見つからないようにそっと席につく。
だが、女子生徒たちの甲高い声は、意識せずともアイナの頭の中へと入り込んできてしまう。
「それでその…トルシュテさんとレイン様のお二人はご婚約をされているのでしょうか…わたくしはてっきりジュリアンヌ様がお相手とばかり…」
おいおいおいおいおい。
そんな当人でも聞きにくいことを、こんな朝イチの教室のど真ん中で聞くなよ…………
ここに私もいるし、席離れているけどジュリアンヌもいるってのに……
無邪気を装って意図的に誤射して来ようとする令嬢が一番怖いわ。
はぁ………
あのレインのことだから、皆の前できっちりと肯定して、言わなくてもいいことまでペラペラ話して外堀を埋めるんだろうよ。
グッバイ、私のキラキラ学園生活…
「残念ながらまだ色良い返事をもらえていなくてね。今必死に口説いている最中なんだ。だからこれは、僕の完全なる片思いだね。」
レインは少し離れた席に座るアイナのことを真っ直ぐに見据えて、にっこりと微笑みかけてくる。
はあああああああああああああっ!??
アイナだけに見せる勝ち誇ったような顔でとんでもないことを言い出したレインに、心の中で大絶叫した。




