レインの手のひらで踊るアイナ
演奏に合わせてダンスを躍るアイナとレインの二人。
長い時間を掛けて作り上げた二人のリズムは、こんな時でさえ乱れることを知らない。
アイナは不本意な顔をしながらも、レインのリードに従順で息の合ったダンスを披露している。
「ねぇ、さっきのって…」
「レイン」
「は?」
話を遮るように自分の名前を言うレインに、アイナは『何言ってんだよコイツ、可愛い系女子か』という顔で見上げた。
「…チッ」
久しぶりに聞くレインの舌打ちの威力は相変わらずで、怯んだアイナは慌てて表情を取り繕い目を逸らす。
「名前で呼べ。」
「ええと?レイン様…?」
「レイン」
「…レイン」
なんとなく気恥ずかしくなってアイナが俯くと、レインの指で顎を上げられてしまった。歓喜の感情を含んだダイヤモンドの瞳と目が合う。
「中々に扇状的だな。」
「…っ!!」
恥ずかしさが頂点に達したアイナは、ドレスの下でレインの足を思い切り踏み付けようとしたが、するりと躱されてしまう。
そして、気付いたら上体を仰向けに倒され、レインに抱えられるようにして背中に手を回されていた。
「もう終わりか。」
「はへ」
アイナが気付いた頃にはもう演奏は終わっており、会場はデビュタント達への温かい拍手と労いの歓声に包まれていた。
ちょうど決めポーズをしたところでダンスが終了となった二人。
アイナはレインに手を引かれるまま彼の隣に立ち、真横からの強烈な視線に耐えきれず同じタイミングで頭を下げる。
アイナからすれば操り人形のようであったのだが、周囲からは大変仲がよろしい二人にしか見えていなかったのだった。
「って、だからさっきのって…」
アイナの手を引いたまま戻ろうとするレインに食い下がった。
だが、彼は言葉を返すどころかアイナの方を見向きすらしない。
さっきは話を流されて今度は無視までされ、ついにアイナがキレた。
「ちょっと!レインっ!!!」
こちらを見ようともしない相手にアイナが大きな声で名を呼ぶと、ようやく反応を示したレイン。
繋いでいた手を自分の方に引き寄せると、ふわりと身を寄せて甘い顔を向ける。
「ん?呼んだか?」
「ひいっ!!!」
いきなり至近距離で蕩けるような笑みを向けられたアイナは、悲鳴に近い声を上げた。
「そろそろ慣れろよ、馬鹿。」
「ば、馬鹿はそっちでしょう!!そんなにコロコロと態度を変えられて、心臓が持たないわ!」
顔を赤くして怒るアイナに、レインはよしよしと余裕の表情で彼女の頭を撫でている。
完全に彼の手のひらの上で踊らされるアイナであった。
「二人とも、すごく素敵なダンスだったよ。」
いつまで経ってもダンスフロアのすぐそばから離れずイチャつく二人に、アイタンが声を掛けに来た。
そして、そんな彼に露骨に嫌そうな顔を向けるレイン。
「あ、ありが…」
「レイン、アイナさん、婚約おめでとう。」
にっこりとアイナの言葉を遮ると、無邪気な笑顔を無駄にばらまくアイタン。
一面に花を咲かせそうなほどの愛らしい微笑みとは真反対に、一瞬にして空気が凍てつく。
「おい」
「あ、ごめんね。お祝いの言葉はまだ早かったかな?また今度ちゃんとお祝いさせてね。」
レインに明確な殺意のこもった視線を向けられても、アイタンは意に介さずにこにことしているだけであった。
強メンタルだなーとアイナも彼に釣られてにこにこしていたら隣から鋭い視線が飛んできた。
「ああ。存外すぐだと思うぞ。」
鋭い視線から一転、レインはニヤリと口の端を上げて悪戯な笑みを向けてくる。相変わらずアイナを揶揄うことに余念がない。
そして、負けず嫌いのアイナは無謀にも意趣返しを試みる。
「じゃあ、次は是非アイタンさんとダンスを…んぐっ!」
レインを揶揄ってやろうとしたのだが、最後まで言わせてもらえなかった。彼に口を塞がれてしまったのだ。
「次はその口、キスで塞ぐぞ。」
「んーっ!!!!」
またもやレインに低い声で囁かれ、アイナは悲鳴を上げたのだった。




