ひどく厄介な攻撃
広々として窓からの眺望が良い席が多い中、敢えて眺めの良い窓から遠く狭くて目立たない席に座るアイナとレインの二人。
それでも奇妙な組み合わせで向かい合って座る二人に、無数の視線が突き刺さる。
昼休みのカフェテリアには、学園中の生徒が集まっており、有名なレインが女性と二人きりでランチをとっているという極めて稀な状況に大注目を集めていたのだ。
二人の席のすぐ側には誰も座らないのに、ふたつみっつと少し間を空けた席は満席となっている。
皆、自分たちの会話に興じるふりをしてアイナ達の様子を伺っているのだ。
「ねぇ、個室を取った方が良かったんじゃない…?」
普段よりも数が多い周囲の視線に耐えきれなくなったアイナが小声でボヤいた。
「トルシュテさんって、見かけによらず積極的なんだね。でも、まだ婚約者でない僕たちが個室で二人きりは良くないかな。」
「・・・」
いつもの穏やかな顔でとんでもないことを言ってのけるレインに、アイナは遠い目をしている。
そして、このモードのレインには何を言っても無駄だと悟った。
「とりあえず、食べようか。」
二人の前には同じくスペシャルセットが並んでいる。
この学園で最も高価なメニューであり、アイナがいつか食べてみたいと思っていた憧れの品だ。
芳醇な香りを放つステーキに、焼き立てのブリオッシュ、キラキラと輝くシュリンプカクテル、魚介がふんだんに使われたクラムチャウダーなど、所狭しと並び、額縁に入れたくなるような眼福の光景にアイナは生唾を飲み込む。
昼休みに入ってレインが席まで迎えに来た際、やっぱり断ろうと意気込んだアイナだったのだが、このスペシャルセットをご馳走するという誘惑に負けて誘いに乗ってしまったのだ。
それを今目の前にして、抗えるはずがなかった。アイナは、レインに勧められるがままメインのステーキを切り分けて口に運ぶ。
そのあまりのおいしさに、瞳が落ちてしまいそうなほど目を見開く。
そして、切り分けるスピードが速まり、次々と口の中へと消えていく。
その顔はどこまでも幸せそうであった。
「お前、よくそんなので幸せそうに出来るよな。毎日相当酷いものを食べたんだな。さすがは貧乏人。」
「…ゲホッゲホッゲホッ!!」
言われた内容も内容だが、いきなり公衆の面前で罵詈雑言をぶつけてきたレインにアイナは思わずむせってしまった。
口に入れ過ぎていたせいもあり、上手く飲み込めず涙目になっている。
目の前で悶え苦しむアイナに、レインは水の入ったグラスを差し出す。
だが、結構本気でむせっているアイナはその気遣いに気付かなかった。
「これじゃ不満なの?口移しで飲ませて欲しいとかそういうこと?そうならはっきり言えよ。」
レインは頬杖をつき、意地悪い顔でグラスを掲げて見せた。
「なっ!!」
アイナはレインの手から奪い取るようにしてグラスを掴むと、勢いよく水を飲み干した。
「へ、変なことばかり言わないでよっ!それに、いきなり素を出すから…びっくりするじゃない…って、皆に聞かれているけど、いいの…?」
自分ごとのように焦るアイナとは対照的に、レインは手に取ったグラスを傾けて優雅に水を口にする。
「防音結界を張ってあるから、俺たちの声は聞こえても言葉を聞き取ることは出来ない。」
「え…それじゃあ、なんでさっき…」
どうして繕うような真似をしたのかレインに尋ねようと思ったが、それを見越したように彼は意地悪く微笑む。
揶揄われたのだと気付いたアイナは、大きく息を吐いた。
「そんな嘘をつくなんて、本当に意地が悪い…」
「嘘じゃない。お前が望むならいつだって口移しで飲ませてやるけど?」
「そこじゃないっ!!!!」
つい声を荒げるアイナに、レインは愉快そうに笑っていた。
「…なんか今日機嫌良い?何か良いことでもあったの?」
なんだかんだと楽しそうに食事をしているように見えるレインに、アイナは何の気なしに尋ねてみた。
「そうだな…」
レインは、ちらりと周囲を一瞥すると、冷え切った瞳で凶悪な笑みを浮かべた。
「収穫はあったからな。」
「え…その顔物凄く怖いんですけど…人を殺めたりしてないよね??」
「安心しろ。まだしてない。」
「まだってやめて!!それ普通に怖いから!顔が整った人の真顔って怖いんだよっ!!」
なぜかアイナが泣きそうな顔になっていた。
そんな彼女に、レインは黙って自分の分のデザートを差し出す。
「なに、これ…」
「やる」
「え、もらっていいの…??」
「ああ」
「どうして?何か見返りとか…」
レインが理由もなしにこんなことをするはずがないと決めつけているアイナ。全力で彼に疑いの目を向ける。
いつもならここでため息が悪態か舌打ちを繰り出してくるレインだが、今回はまた違った角度から攻め込んできた。
またもや頬杖をついて頭を傾けると、蕩けるような笑みをアイナに向けてくる。
「お前が可愛いから。」
「ぎゃあああああああああっ!!!」
顔を真っ赤にして絶叫したアイナ。
予想通りの彼女の反応に、レインはまた声を上げて笑っていたのだった。




