クラスの違和感と通常運転のレイン
「ねぇ、なんか様子が変じゃない?」
休み時間、カシュアは一人で座るジュリアンヌに視線を向け、小声でアイナに尋ねて来た。
「…そうかな?」
「いつもなら皆に囲まれてレイン様にも積極的にいくのに、今日はなんだか…彼のことを避けているように見えるもの。どことなく怯えているような気もしなくもないし…」
「確かに、そう見えなくともないかもね。ははは。」
全ての事情を知るアイナは、話したくても話せず曖昧に笑うことしかできない。
そして、唯一普段通りに友人達と談笑しているレインに目を向ける。
いや、こんなはずじゃなかったんだよな…ジュリアンヌにはそのままの立場でいてもらって、私と仲良い風を装って周囲を取り込んでいこうと思っていたのに…レイン・アルフォードが彼女のことを脅してしまったせいで全てが水の泡…
誰が実力者か、その鼻が効くクラスメイト達はもう彼女には寄り付かないんだろうな。
確かに彼女がしたことはそれほどのことかもだけど、でも、なんの被害者でもない彼らが罰することじゃない。それに、そもそもレイン・アルフォードが彼女に恥をかかせるような真似を連発しなければ、ジュリアンヌもここまで追い詰められることは無かったろうに…
ん…??
なにこれ、全部彼のせいじゃない?
私に協力するとか言って、私が大躍する機会全部叩きのめしてない??
ようやく己の念願が成就しない根本的要因に辿り着いたアイナ。
一度視線を外したレインに、勢いよく目を向けた。
すると、友人達と話しているはすの彼はその視線に応えるようにアイナの方を向き、目を細めて甘い顔で微笑み掛けて来た。
「!!」
「アイナ、どうしたの?なんか顔赤くない?」
自分を挟んでアイナとレインが視線を交わしていたことなど想像もしていないカシュアは、挙動不審の彼女に心配そうな目を向けている。
「何でもないっ!」
急に恥ずかしくなってしまった心を誤魔化すように、アイナは大きな声を出した。クラス中の視線を集めてしまう。
その中にひとつだけ、自分を見てニヤリと笑う瞳があったような気がしたが、アイナは気付かなかったふりをした。
「ねぇ、たまには僕とランチでもどうかな?」
「ぎゃあっ!!」
そのはずが、気づいたら目の前にレインが立っていた。
化け物とでも遭遇したようなアイナの不敬な反応に、一緒にいたカシュアは顔を引き攣らせている。一方、彼女の反応を予想していたレインは、余裕の表情で微笑んでいた。
アイナにはその微笑みの下が恐ろしくて仕方ない。
「せっかくのお誘いなんですが、今日はカシュアと…」
「アイナ、私お昼休みはえっと、その…多分何か用事があったの!だから私のことは気にしないでっ」
「カシュア…」
慌てて分かりやすい嘘をつくカシュアに、アイナは涙目で彼女のジャケットの裾を掴む。
そんな彼女に、カシュアはレインに見えない位置で頑張れ!と言わんばかりにグッと拳を握ってみせた。
それを見てがっくりと項垂れるアイナ。
レインは、そんな二人のやり取りを微笑ましそうに眺めている。
「ちょうど良かった。じゃあ、授業が終わったら迎えに行くよ。楽しみにしている。」
レインは花開くように微笑むと、軽い足取りで自席へと戻って行った。
心の底から楽しみにしているような明るい彼の雰囲気に、アイナは不本意ながらも自分の鼓動が高鳴るのが分かった。
「アイナ、良かったわね!」
レインが去ると同時に、満遍の笑みのカシュアがアイナに抱きついてきた。
「良くない!この裏切り者っ!!」
「あら?私は親友の恋を応援したまでだけど?」
「そういうのじゃないからーー!!」
口では否定しながらも、しっかりと頬を赤く染めているアイナに、カシュアはにやにやが止まらない。
次の授業が始まるまでの間、彼女のことをいじり倒していた。
令嬢らしからぬ彼女達の明るい声は良く響く。
そんな彼女達のことを好意的に受け止める雰囲気はこのクラスに無い。
だが、そんなことは百も承知の彼女達は、否定的な視線も疎む視線も敵意のある視線も、何一つ気にしていなかった。
自分の味方が一人でもいれば無敵だと、互いにそう思っていたのだ。
そうやって互いのために強くある心が、誰かの敵意を焚き付けるものになるとは夢にも思っていなかったのだった。




