またやりやがった。。
「お帰りなさいませ、お嬢様。」
「リリア?どうしたの?」
いつものように学園から戻ってきたアイナを出迎えてくれたリリアだったが、物凄く顔色が悪い。思い詰めたような顔をしている。
「その…アルフォード公爵家からお届け物があったのですが、それに対して旦那様がたいそうお怒りになっておりまして…お嬢様を呼んでくるようにと…」
「はぁ!!?」
レインから荷物が届くなど何も聞いていなかったアイナ。
アイツまたやりやがったなと叫びたい気持ちを抑えて、制服のまま急いでケントンの待つダイニングへと向かった。
この邸で人が集まれるような場所はこのダイニングしかなく、家族で集まる場合や複数人の客人を迎える場合はいつもここだ。
アイナが部屋の中に入ると、決して広くはない生活感の溢れるダイニングテーブルに怒りのオーラを放ちまくるケントンが鎮座していた。
「これは一体どういうつもりだ?」
アイナの姿を視認するや否や、ケントンはテーブルの上を力任せに叩いた。
怒る彼の横には、なぜか兄のケルストまで座っている。
いつかの緊急家族会議を彷彿とさせるような光景であった。
「どういうつもりって、何が…」
ケントンが差し示した先を見たアイナは、息を呑んだ。
そこには、トルシュテ家では一生掛かっても買えないような豪奢なドレスが壁際に吊るしてあったからだ。
「今朝公爵家から贈られてきたものだ。お前のパートナーでないはずなのに、こんなものを送り付けて来やがって…お前のことを弄んでいるのかっ!どんな神経をしてるんだっ」
「これが公爵家から…??」
「だからそうだと…」
「なんなのこれは……全く勝手なことをしてくれて、アイツは!!私聞いていないし!お父様の言う通り、こんなに馬鹿にされる筋合いなんてない!人のことをなんだと思って…」
怒りに震えるアイナ。
もう我慢の限界であった。パートナーでもないくせに、授業の間だけずっと一緒で良いように使われて、彼のペースに振り回されることにうんざりしていたのだ。
そして、ここに来てこの仕打ちだ。お情けとしか思えない贈り物に、はらわたが煮え繰り返る思いであった。
「お前の気持ちはよく分かった。公爵家にはきちんと抗議の手紙を出そう。お前が騙されていなくて良かったよ。それに、せっかくあのドレスを手直ししたんだ。あんなものよりずっとお前によく似合う。」
「そうですね。アイナにはあのピンクのドレスがよく似合っている。」
「は………」
活火山の如く、怒りの炎を撒き散らしていたアイナだったが、二人の言葉で瞬時に冷静さを取り戻した。
舞踏会で自分が着るドレスのことなど全く考えていなかったアイナ。
今し方聞こえた『あのピンクのドレス』の言葉に一気に血の気が引いていく。
「え、そのピンクのドレスってもしかして…」
「ああ。この前リリアに手直ししてもらったばかりだろ?もう忘れたのか?」
「うそでしょ………………」
それは、御礼のために公爵家を訪れた時に着させられたとんでもなくダサいドレスのことであった。
コートで隠したにも関わらず、レインにバレて揶揄われた遺恨が満載の代物だ。
目の前の男たちは、アレを自分に着せるつもりだったのかとアイナの視界は真っ暗になった。
無理無理無理無理無理!!あんなの着て行ったら絶対揶揄われる!いじめられる!!
…絶対に無理。
天地がひっくり返っても無理。
無理なものは無理。
これを着るくらいなら、レイン・アルフォードの施しを受けた方が1000000倍マシ!!
「お父様、兄様」
突如淑女の微笑みを携えて呼びかけてきたアイナに、二人は怪訝そうな顔を向けた。
「私、やっぱりお言葉に甘えようと思うの。」
「お前さっきまであんなに」「は?お前何言って」
「人の好意を無碍にするのは良く無いし、ましてやあの公爵家からの計らいだから。ここで突っぱねるとうちにとっても良く無いと思う。」
いきなり180度意見を変えたアイナに、ケントンとケルストの二人は何が何だか分からないと言った顔をしている。
完全にパニックに陥っていた。
「しかしだな」「いやでも」
「もう決めたの!私はこの嫌がらせに受けて立つ!御礼はちゃんと私から伝えておくから。話は以上!はい、解散っ!!」
最後は力技で押し切ったアイナ。
ここまで言われてしまっては、二人とも退散するしかなかった。
ケントンとケルストは、壁に吊るされている輝かしいドレスを恨めしそうに横目で見ながら部屋を出て行ったのだった。




