矛が向いた先
レインの余計且つ戦略的な一言のせいで、アイナだけ毎回彼とダンスのペア練習をすることになってしまった。
ダンスの授業は毎日あるため、毎日彼と顔を突き合わせることになる。
アイナにとってはそれだけで十分過ぎるほど憂鬱だというのに、練習中は多くの否定的な視線が突き刺さり、中でもジュリアンヌからは特大の殺意を向けられ辟易としていた。
「うん、思っていたよりも飲み込みが早いね。少しずつ慣れて来たかな?」
「…オソレイリマス。」
踊っている最中、白々しい顔で褒めてくるレインに、アイナは冷めた目で返した。
「トルシュテさん、顔を上げて?」
周囲からの視線と足元ばかり気にして下を向くアイナに、レインが優しく声を掛ける。
だが、色々と癪であるアイナはその声に反応しようとしない。それどころか、頑なに視線を足元に固定する。
そんな彼女の意固地な態度に痺れを切らしたレインがグッとアイナのことを抱き寄せて顔を近づけてきた。
「よそ見するなよ。」
「いっ!!」
耳元で低く囁かれ、ようやくレインのことを見たアイナ。
そのことに満足すると、彼はアイナのことを抱き寄せたまま軽やかにステップを踏み続けた。
「つ、つかれた………」
曲が変わるタイミングで逃げるように休憩中のカシュアの隣に座り込んだ。
背後に冷たい視線を受けたような気がしたが、そんなこと気にしていられない。精神的にも肉体的にも一度休みたかった。
「アイナ、お疲れ様!それにしても、さすがというかレイン様はストイックな方なんだね。毎曲踊るなんてアイナ達くらいだよ。」
「あれはストイックとかそんなんじゃなくて、単なる嫌がらせかと……」
本番の舞踏会の日が間近に迫っており、最近は当日の曲に合わせて練習をしている。
皆、当日のパートナーと練習をするのだが、相手が父親など学園外の人の場合は、今ここにいる人たちに変わる変わる相手をしてもらっているのだ。
本来であればアイナもその枠組みなのだが、クラス内にパートナーがいるはずのレインはなぜかアイナのことを離そうとしない。
それを人は優しさと呼ぶが、アイナは嫌がらせと呼んでいた。
「レイン様、私とも踊ってくださいませっ」
アイナ達とはフロアを挟んで反対側の位置で休んでいたレインに、ジュリアンヌが駆け寄って来た。
焦る彼女とは対照的に、レインは穏やかな笑顔を向ける。
「君はとても上手だから、大丈夫だよ。僕もダンスは得意な方だからね。」
「でもっ…やはり合わせの練習はした方がよろしいと…」
「僕たちは他の子たちの相手をしてあげた方がいいと思うんだ。身分で優遇されている僕らにはその義務がある。そう思うだろう?」
「…わかりましたわっ」
断固として譲らないレイン。
またもや恥をかかされた形になったジュリアンヌは、怒りで顔を赤くして逃げて行った。
「ちょっとあからさま過ぎるんじゃない?」
レインとジュリアンヌのやり取りを見ていたアイタンが小声で話しかけて来た。
「…アイツが鈍感なのが悪い。」
レインがぼやいたタイミングでちょうど曲が終わった。
これで休憩は終わりだと立ち上がったレインは、真っ直ぐにアイナのことを迎えに行った。
「矛先が彼女に向かないと良いんだけど。」
取り繕う気のないレインの背中に向かって、アイタンは不穏なことを呟いていた。
***
「なんなのよっ!!私がパートナーなのに、どうしてあの子とばっかり……人がどれだけ必死に父に強請ってあの座を射止めたと思っているのよ…人の努力を嘲笑うなんて許せないわっ」
人目のないロッカールームで、ジュリアンヌは怒りを露わにしていた。
「本当にありえないですわ。あんな世間知らずな子、誰かが教えて差し上げるべきだと思いますの。貴族の礼儀を欠いたらどういうことになるかということを。」
一緒にいたマイカが仄暗い瞳を輝かせた。
「ええ、そうね。彼女のためにもそれは必要ね。」
「例え何かのアクシデントで舞踏会に出られなくなったとしても、それは勉強だと思って甘んじて受けるべきですわ。」
「まぁ、マイカったら。不吉なことを言ってはダメよ。」
「失礼致しましたわ。でもこれはもしもの例え話ですから。」
「そうよね。ただの例え話よね。」
面白い悪戯を思いついた子どものように、無邪気に笑う声が響く。
だが、その明るい声音とは真逆に、彼女たちの表情は邪悪に歪んでいた。




