リリアの誘導尋問
よく晴れた空の下、日が昇ってからまだ間もないというのに肌を撫ぜる風は凍えるほどではなく、春の到来を感じさせる。
リリアはトルシュテ家の元花壇の前で、緊張した面持ちのアイナがやろうとしていることを固唾を飲んで見守っている。
強めな視線を感じたアイナは苦笑しながら、天に向かって両手を突き上げた。
すると、雲ひとつない晴天だというのに急に雨が降り始めた。パラパラと落ちてきた水滴はやがてその量を増やし、線となって土に降り注ぐ。
「お嬢様っ!!!素晴らしいです!!」
「ふっふっふ。そうでしょそうでしょ?これがあの地獄の特訓の成果だからね!」
天に掲げていた手を今度は腰に添えると、アイナはリリアに向かってドヤ顔をした。その顔はこの年頃の女性に似つかわしくないほど、どこまでも誇らしげである。
だが、実は彼女が発動させた魔法にはカラクリがあった。
魔力操作を人並みに出来るようになったが、やはり元来魔力量の少ないアイナに魔法を発動させることは難しく、それはあまり上達しない部分であった。
そのため、今回は足元に水の入ったバケツを用意し、その水を操ることで人間じょうろと化していたのだ。
彼女の魔力量では、物質に変化を与えることは出来ても、ゼロから作り出すことは不可能に近い。
だがそれでも、魔法を扱えたという紛れもない事実はアイナの中で大きな自信となる。
「公爵家の方がこんなにもお嬢様に良くしてくれるとは、よほど懇意にされているのですね。」
レインとアイナ二人の関係性を想像したリリアは、勝手に微笑ましそうに頬を緩めている。
そんな彼女のことをアイナは不思議そうに眺めている。
「こんい…?コンイ??え、懇意…??何がどうなったらそんな話に…………………」
「ふふふ、何を仰いますか。随分と仲良くされていますでしょう?花を贈って下さり、コートを貸してくださったり、連日魔法を教えてくださったり、そのようなこと誰に対してもやるわけがありません。」
やけに自信満々に言うリリア。
アイナは目の前が遠くなった。彼女の思う二人の関係と実情に、かなりの乖離があると感じたからだ。
「多分…というか、それは絶対に違うと思う。彼のその優しさの裏には色々と大人の事情ってものがあるのだよ。」
「いくら事情があるとはいえ、何とも思っていない相手に出来る所業ではありませんよ。」
「いやそれが出来るんだよ…だってあの外面モンスターだもの………行動と中身が一致しているわけがない。」
よく分からないことをぼやくアイナに、リリアはまたもや微笑ましそうに笑っている。
おおよそ照れ隠しをしているのだろうと見ていたのだ。
「お嬢様はどうなんです?優しくされて嬉しくはないですか?」
これは完全なる誘導尋問だ。
普通の人なら、人からの優しさは間違いなく嬉しいはずで、「はい」と答えればそれを肯定したがために色々と追及を受ける羽目になるのだ。
「……………怖いと思う。」
「はい????」
想像のはるか斜めをいくアイナの回答に、リリアは言葉を詰まらせ、顔を顰めて眉間に指を当てる。
「それはその……優しすぎて怖い、いつかその優しがなくなってしまったらどうしようみたいな漠然とした不安、ということでしょうか??」
拡大解釈に加えてとっても自分本位な意訳を試みたリリア。それなら分からなくもない、といった表情をしていた。
「いや、普通に怖くない?この優しさは実は怒りの裏返しなんだろうなとか、これ見返り求められるんだろうなとか、あ今のは目が笑ってないやつだとかね。」
「・・・」
思っていた以上に闇が深そうだと思ったリリアは、思わず無言になってしまった。
不憫に思えてしまったアイナに掛ける言葉が見つからない。
「ああでも、いつも肝心なところで助けてくれるから、きっと根は優しい人なんだと思うよ。」
「お嬢様……………………」
「え、ちょっと待ってよ。リリア、なんで貴女泣いてるの????」
ようやくいい話を聞けたリリアは感極まり、目に涙を浮かべていた。
「きっとこれから育てていくところなのですね。きっちり見守らせて頂きます。早とちりをしてしまい申し訳ありません。」
「えーと…よくわからないけど、頑張りすぎはダメだからね?」
決意したような顔で胸を叩くリリアに、アイナはなんだか心配だな…と不安そうな顔を向けている。
「どうか、お二人の行く末が至極明るいものとなりますように…」
「ん?リリア今何か言った?」
「何でもありませんよ。では続きと参りましょう。」
「うん!春休みは短いもんね。」
畑仕事を再開した二人。
こうして、冬休みとは打って変わり、アイナの春休みは穏やかなものとなっていた。




