アイタンの名案
「一時的にでもレインの魔力を分けてあげてアイナさんの魔力量を増幅させられたら、少しは魔力操作のコツを掴めるんじゃないかな?」
アイタンは、名案を思い付いたとばかりにポンと手を叩いて提案してきた。
それを聞いたレインは、すっと目を細めて何やら深く考え込んでいる。
理論的には可能だろうが、アイナにとって負担にならないか頭の中で彼女の魔力許容量を想定して必要量を計算する。
「…やってみるか」
「えっ!?そんな軽い感じで大丈夫なの!!?」
軽い感じで言ってきたレインに、アイナは驚愕の声を発した。
彼が頭の中でどれほど緻密なシミュレーションをしていたかなど知る由もない。
「大丈夫だろ。お前死ななそうだし。」
「いや、ちょっと待て!死ぬかどうかってその人のイメージに起因するものじゃないからっ!!」
レインからすればただの揶揄いの類であったが、アイナにとっては自分の命を弄ぼうとする極悪非道人の行為にしか思えなかった。
「それに、魔力ってそんな簡単に人に譲渡出来るものではないでしょ?拒絶反応とか出たら精神崩壊するって研究結果が………」
「それなら問題ないよ。アイナさんは少し前に、レインから魔力提供を受けているから拒絶反応は無いはず。」
「え…私いつの間にレイン・アルフォードに借金していたの………えげつない金利で計算されていそう……」
「借金って…ふふ、レインは太っ腹だからそんなこと気にしないよ。あれ、でも良くよく考えたらどうしてあの時…ねぇ、レイン?もしかして君、あの時よりも前にアイナさんに魔力提供してたりしてない?」
「…してない」
レインのバツの悪そうな反応にアイタンの目がきらりと光る。
「…それは確実にやってるね。ちゃんと彼女の同意は得ているの?いくら彼女が魔力の扱いに疎いからって、黙ってそんなことしたら…」
「始めるぞ。」
「…分かったよ。」
人の話を聞こうとしないレインに、アイタンは大きくため息を吐いた。
状況がよく分からず自分の方を見てくるアイナに、彼は肩をすくめて見せる。
アイナは彼の苦労を慮り、合掌を返した。
「はいはい、邪魔者は退出しますよ。」
レインに睨まれたアイタンは、わざとらしく両手を上げると出口へと向かう。
だが、廊下に出る一歩手前で止まり、レインの方を振り返った。
「レイン、それ以上のことはしちゃダメだよ?」
「早く消えろ」
「はいはーい」
最後の最後まで軽口を叩きながら出て行ったアイタン。
相変わらず調子を狂わせてくる幼馴染に、レインは内圧を下げるように深く長い息を吐いた。
「ねぇ、それ以上って何の話??」
「俺に聞くな。この馬鹿。」
吐き捨てたレインは、近い位置に立つアイナに一歩詰め寄る。二人の距離は一気に縮まり、手が触れそうなほどとなった。
「ええと…?」
至近距離で見てくるレインに、気まずくなったアイナは曖昧に笑ってみたが、彼の眼差しは真剣そのものであった。
「逃げるなよ。」
「え………??」
レインは彼女の手首を掴むと同時に腰に手を回し、逃げられないように抑え込んだ。
「なっ…………」
パニックになっているアイナを無視して、掴んだ手首に唇を近付ける。
いつかの時にしたように、レインは彼女に三度目の口付けをした。
「!!」
手首とはいえ、目の前で口付けされる様を目にしたアイナは顔を真っ赤にしている。
驚きすぎて、恥ずかしすぎて、レインの俯いた顔が綺麗すぎて、彼女は声どころか息すらもまともに吸えず、完全に固まっていた。
ー トクンットクンットクンッ…
やがて、前にも感じたことのあるような、温かくて心地よい何かが自分の中に入り込んでくる感覚がしてきた。
この中に溺れてしまいたいと思えるほど、身体の奥深くに染み渡るようなそんな充足感に包まれる。
「このくらいだろ。」
レインはアイナの手首から唇を離し、彼女のことを解放した。
「な、に…これ…」
離れてしまった温かさと心地よさに名残惜しさを感じたアイナだったが、すぐに身体の異変に気付いて目を丸くした。
これまでに感じたことのない、潤沢な魔力で満たされる感覚がある。
今なら、頭の中にあるどんな魔法陣でも発動出来る気がした。
もちろん、アイナが想像だけで終われるはずがなく、彼女は両手に魔力を集中させると、複数の魔法陣を一気に展開させた。
それは一瞬の出来事であり、意のままに動く魔力の流れにアイナは全身の震えが止まらない。
そして、思い切り魔力を注ぐ。
「おい、この馬鹿っ!!」
「え?」
初めて聞くレインの怒鳴り声に、アイナは彼の方を振り向くが、それとほぼ同時に頭上から火花のようなものが降り注いでくることに気付いた。
「うそ…」
真っ直ぐに自分へと降り注ぐ、魔力で出来た火花の数々。
それは紛れもなく、暴発した魔法陣の残滓だ。完璧な魔法理論を知っていて潤沢な魔力を手に入れたアイナは、これだけの魔法を制御する術をまだ知らなかったのだ。
通常の何倍もの密度になっているそれに触れれば、火傷どころでは済まされない。
レインの忠告も虚しく、恐怖で凍りついたアイナの足はその場から動かず、落下してくる火花をただ見上げることしかできなかった。




