地獄の特訓と救世主
それから数日、放課後はレインがアイナの魔法指導を行うというのがすっかり周囲に認知されていた。
今まであれば、放課後は真っ先にカシュアの元に向かいお喋りを楽しんでいたのだが、そんな夢のような日々はもう遥か昔に感じられる。
「アイナ、頑張ってね…」
「アイナさん、ファイトだよ。」
「応援してるわ。」
カシュア、キース、エリナの仲良しダークス組に次々と肩を叩かれるアイナ。彼女にとってそれは死刑宣告のようであった。
「トルシュテさん、そろそろ行こうか。」
「・・・」
穏やかな顔でアイナのことを迎えにきたレインは、穏やかな顔のまま彼女の腕を掴んで練習場まで引き摺っていく。
それがこのクラスのいつもの光景だ。
初日こそ、他の女子生徒達から嫉妬の目で見られていたアイナだったが、日に日に生気を失っていく彼女の姿に、今では憐れみの目を向ける者しかいない。
レインがアイナに魔法を教えるのは、自主練用に作られた専用の練習場だ。
事前の予約制だが、申請さえすれば誰でも使うことができる。
練習場は魔法のレベル別に複数作られており、アイナ達が使用するのはレベルゼロの超初心者向けの部屋だ。
ここは使用者がほぼおらず、今学期が終わるまでレインの名前で予約が埋まっている。
それほど広くない簡易的な机と椅子しかない正方形の味気ない部屋、周囲の壁には初級魔法を想定した対魔法用の防御術が施されている。
「昨日の続き」
「は、はい」
『この部屋にいる時はレインの言うことを聞く』
そんな洗脳に近い指導を受けているアイナは、意外にも素直に言うことを聞く。
起立した状態で手のひらを天井に向け、全身に流れる己の魔力の流れを意識して制御する。
「左右の均等が崩れてる」
「はい!」
「上から下の移動が遅い」
「はい!」
「左足、魔力が滞留している」
「はい!」
「休むな」
「は、はい…」
魔力量が圧倒的に少ないアイナは、全身に流れる魔力を意識して動かすだけですぐに息が上がってしまう。
レイン曰く、その極限状態を繰り返せば微量だが魔力量が増えるとのこと。
よって、毎日その極限状態まで追い込まれていたのだ。
「ちょっと待って…もうほんと無理…辛いしんどい帰りたい…レイン・アルフォード怖い…鬼畜…」
「おい」
魔力が空っぽになったアイナは床の上にへたり込んだ。椅子に座って姿勢を保つ余裕すらない。
「ねぇ、ちょっと追い込みすぎじゃない?」
入り口からアイタンがひょっこりと顔を出した。
「お前…何しに来た。」
レインはアイタンの方を向くと、隠すことなく怒りを露わにした。
「ね、素が出ちゃってるけど大丈夫??」
クラスメイトに対して怒るレインを見たアイナは、そっと彼に近づいてその耳元に小声で話しかけた。
先ほどまでのへたり込んでいた姿はどこへやら、アイナは自分と同じ扱いを受けるアイタンのことを心配そうにに見ている。
「…ああ」
いきなり接近されたレインは、そっぽを向くと短く返した。
アイタンに笑みを向けられているような気がしたが、無視を決め込むレイン。
「僕たちは付き合いが長いからね。気にしなくても大丈夫だよ。改めて、僕はアイタン・レックスフォード。レインのこと、宜しくね。」
勝手なことを言うアイタンに、レインが瞬時に魔法を飛ばしてきたが、魔力感知に長けている彼は背中で交わすと自身の魔力をぶつけて見事に相殺させた。
こんなことは日常茶飯事なのか、二人とも何事もなかったかのように涼しい顔のままだ。
「はい、差し入れ。魔力が枯渇したときはやっぱり甘いものだよね。」
「ありがとうございます…!!!」
アイタンは持っていた紙袋を掲げるとアイナに微笑みかけた。
そして、その中からチョコレートを取り出すと丁寧に包み紙を剥がしてアイナに食べさせようと…したところで横からレインにぶん取られてしまった。
レインは摘んだチョコレートを自らの手でアイナの口の中に放り込んだ。
「な、何するのっ………ん、おいしいっ!!」
怒りの感情はどこへやら、現金なアイナはすっかりご機嫌になり口の中いっぱいに広がる甘美な美味しさに舌鼓を打っている。
彼女の口の中が空っぽになると、レインはまた袋からチョコレートを取り出し無言でアイナの口に放り込んだ。
それを何も考えずにゆっくりと味わうアイナ。
それを目の前で見ていたアイタンは袖で口元を隠し、笑いを堪えるのに必死であった。
こうしてアイタンのおかげで休息を取ることが出来たアイナは、レインの指示でまた練習を再開することとなった。




