私が悪うございました…
「皆さんはもうすぐ二年生に上がりますから、今日の魔法理論の授業は、各自が構築した魔法理論の実行部分をやってみましょう。」
先生の言葉を聞くと、9割の生徒が喜びの声を上げ、1割の生徒から呻き声に似た絶望の声がした。これはもちろん、俗に言うダークスとライツの違いだ。
生徒達は、基本的な魔法理論をいくつか組み上げて土台となる基盤を作る。そして、その上に自身の魔力を注入しながら魔法陣への転換及び発動となる。
転換まではさほど難しくはないのだが、発動となると一定量以上の魔力が必要となるのだ。
各人の前には、一筆書き出来そうなほどシンプルなものから複雑怪奇なものまで、様々な形の魔法陣が魔力を持って光り輝いている。
無論、魔力が少ないと複雑な魔法陣への転換は行えても発動までは出来ない。
そのため、アイナ達はただ単純な魔法陣を描いてるだけ…のはずだったのだが、魔法理論オタクのアイナはひとり暴走していた。
「すごいっ…知識として知っていた難易度Sの魔法陣がこんなにたくさん…魔力不足で輝かせてあげられないことが残念だけど…でも、なんて素敵な眺め…」
うっとりと、自身で作り出した芸術のように繊細で美しい魔法陣を眺める。
しばらくの間眺め続けていたのだが、突然魔法陣が揺らぎ始めた。
「あれ?」
異変に気付いたアイナが慌てて魔法陣をキャンセルしようとしたが時すでに遅し、相互干渉した魔法陣は魔力を得るため、魔力の高い者に飛び付こうとその場を移動し出した。
風を切り裂くような轟音が教室中に響き渡る。
「え、えそでしょ!!?」
「ちょっとアイナっ!!これマズいんじゃっ…」
アイナ達に止められるわけもなく、自我を持って暴走した魔法陣達はこの中で最も魔力量の多い、前列に座っていたレインへと一直線に向かう。
「レインッ!!!」
「チッ」
名前を呼ばれた彼の返事は相変わらず短かった。
レインは軽く片手を挙げるとその手中に暴走した魔法陣を全て取り込み、第三者干渉によるキャンセリングを実行する。
その結果、僅か数秒で事態は収束した。
「良かったぁ………………」
立ち上がっていたアイナは、一気に緊張の糸が切れへなへなと椅子に座り込んだ。
「大丈夫ですか!?」
先生が慌ててレインの元へと駆け寄ったが、彼は穏やかな表情て首を横に振った。
「ええ、何も問題ありません。」
涼しい表情で答えたレインだったが、一瞬アイナの方を振り向いた。
『覚えてろよ』
微笑んだまま口の動きだけでアイナに告げると、何事もなかったように自身の魔法理論構築の続きを行っていた。
「ひいっ」
しっかりと彼意思を汲み取ってしまったアイナは、小さく悲鳴を上げると、彼の視界に入らないように座高を低くして教科書に目を向ける。
さすがにもう魔法陣を作る気にはなれなかった。
アイナが起こした魔法陣暴走事件だったが、またもやレインの配慮によって彼女自身が追求を受けることはなかった。
だがその代わりに、説教や罰則の方が100万倍良かったと涙を流すほど、アイナにとっては厳罰の中の厳罰でしかない罰が与えられることとなった。
「ではよろしくね、アルフォード君。」
「はい、先生。」
魔法理論の授業を終えた後の職員室、呼び出されたレインとアイナの二人。
死んだ魚のような目をしているアイナの目の前で、先生とレインが固い握手を交わす。
「良かったですね、アイナさん。アルフォード家の方から直々に指導を受けるなど、またとない幸運な機会ですよ。」
あぁ…涙で視界が滲む…………
あれ…なんか音が遠ざかっていく………
「安心して、トルシュテさん。僕は人への指導の仕方を学んでいるし、根気強い。優しく丁寧に教えてあげる。」
完全勝利の顔で人を見下したように悦に入って微笑むレイン。
実際はそうでないのかもしれないが、今のアイナにはそうとしか思えなかった。
「なんでこんな羽目に……この人、指導というより調教してきそうで怖い………」
俯くアイナは耐えきれず、口の中だけで文句を言った。
そんな彼女のことを、先生は異性の同級生に教えてもらうことを恥じらっているのかな?くらいにか思っていない。温かい眼差しを向けている。
「これから宜しくね。」
爽やかな笑顔で手を差し出したレイン。
「ヨロシクオネガイシマス」
自分の感情に素直なアイナはこの場で取り繕うことが出来ず、堂々と棒読みで返した。
反抗的な態度に、レインの舌打ちが聞こえたような気がしないでもなかったが、心的ショックの強かったアイナの耳には届いていなかった。




