高級なコートは取扱注意
レインが誰もいないはずの教室に戻ると、そこには彼を待つアイタンの姿があった。
戻ってきたレインに、アイタンが彼のカバンを差し出す。
「で?彼女大丈夫だった?」
「ああ」
レインは受け取ったカバンからマフラーを取り出すと、首に巻きつけた。
それにも火魔法が施されているらしく、小刻みに震えていた彼の身体が止まった。
「それにしても、ジュリアンヌさんも良くやるよね。魔力量が多いだけで隠蔽や魔力操作は下手ななクセに学園内で魔法を使うとか。一瞬でバレるとか思わないのかね。」
「そうだな。」
「でも、レインもちょっと大概だよね。焦る気持ちは分かるけど、あんな威力の風魔法人に当てちゃダメだよ。」
「・・・」
「もう少し余裕を持たないと。昔から、余裕のある男性が女性から人気というのは有名な話でね、だから…」
「…寒いから帰る。」
アイタンの小言から逃げるように背を向けるレイン。その背中にアイタンの愉快そうな笑い声が降り注ぐ。
レインはそれを無視して教室から出て行った。
「あの可愛さをトルシュテさんの前でも出したら良いのに…」
誰もいない教室で一人呟いたアイタンだった。
***
邸に戻ってきたアイナに、リリアはギョッとした顔を向けた。
「お、おお、お嬢様…その上着は一体…」
「何も言わないで聞かないで知らんぷりして。」
アイナはみなまで言わせなかった。勢いよくリリアの疑問をぶった斬った。
「…洗濯してから返しますか?」
「…高級素材過ぎて怖いよね。」
「「・・・」」
普段雑な服しか着ていないトルシュテ家では一流品の扱いが分からず、暗黙の了解で洗濯せずに返すことにしたのだった。
翌日、紙袋に入れてレインのコートを学園に持って行ったまでは良かったのだが、肝心の手渡すタイミングが分からなかった。
休み時間や移動教室の合間など、チラチラとレインを確認するが、彼が一人になるタイミングはなかなか無い。
こんなもの、人前で渡せば絶対に騒ぎになると思ったアイナはひたすら機会を窺った。
だが、元々接点のない2人にそんな都合良く機会など訪れやしなかった。
「これどうしよう………」
アイナがもたもたしているうちに次が本日最後の授業となってしまった。
これが終われば放課後となり、そうなれば完全に渡す機会は無くなってしまう。
アイナは次の授業が始まるまでの僅かな時間、机に突っ伏して必死に返す方法を模索した。
今日渡せなかったらどうしよう……明日でいいかな…でも明日になったからとて渡せる保証なんてないよね…
ん?というか、あのひと今日の朝普通にコート着てなかった!?何着も持ってるのかな?…まぁそりゃそうか。
…一層のことこのまま借りパクしちゃう??
いや、さすがにそれはダメだ。
賠償金なんて請求されたら家族の命まで担保に入れられそうだし………こうなったら最後の手段は……
郵送だっ!!
うん、仕方ないよ。渡すタイミングが無かったんだし、このまま私が持っているのも悪いしね。うんうん、家に帰ったらリリアに手配をしてもらおう。我ながら名案だっ!
「トルシュテさん、昨日は大丈夫だった?」
「い…」
顔を上げると、目の前に美しい顔が迫っていた。
「だ、大丈夫。だから気にしないでもう平気もう声を掛けないで。」
最後はうっかり本音を漏らしてしまったアイナ。
レインは相変わらず微笑んでいるが、纏う空気が一気に凍りついた。
「昨日僕が君に着せてあげた僕のコート、返さなくても良いからね。」
にっこりと天使の微笑みを見せるレイン。
その瞬間、クラスメイト達の視線が一斉にアイナに突き刺さった。
ぎゃあああああああああっ!!!レイン・アルフォードのバッカヤロウっ………!!!!




