快晴に豪雨、そして突風
よく晴れた冬の日、日差しはあるがきんと冷えた空気で耳が冷たい。
アイナは、日課となったカシュアとの放課後のお喋りを終え、帰路へと着く。
いつものように停車場を通り過ぎ、歩いて正門へと向かう。
だが、建物の間に挟まれた歩行者専用通路に入った瞬間、頭上から大量の水が降ってきた。
「うわああああああああっ!!!」
全身に打ち付ける水圧とその水の冷たさにアイナの悲鳴が響いた。
自然現象とはかけ離れた事象に、一瞬で濡れ鼠になったアイナはすぐに上を向いた。
その時、建物の二階の窓に立ち去る金髪頭が見えた。
「あれって絶対……というか、さむっ!!冷たっ!!ちょっと待って…典型的な嫌がらせなんだろうけど、冬にこれはダメだ…こんな状態で歩いて帰ったら絶対凍死する…さぶっ……」
今にも凍てつきそうなほど凍えているアイナはしゃがみ込んだ。
自分で自分の身体を抱きしめる。だが、全身が冷水に浸っている今、それは意味を成していなかった。
「あ、こういう時こそ魔法だ…火魔法の原理は頭に入ってる。手のひらに魔力を集中させて火の生成を…」
だが、何も起こらない。
「なにこれ……私はこんな単一魔法も使えないわけ?なんだよ、ファンタジー世界のくせに…っ!!」
アイナはどこにぶつけていいか分からない頭を拳に乗せて地面を殴りつけた。
「いった!」
冷え切った手には耐えきれない痛みが駆け巡る。アイナは真っ赤になった手の甲を摩った。
「もう何なんだよ……」
しゃがみ込んだまま地面に両手をつき、アイナは泣きたくなるのを必死に堪えて唇を噛み締めた。普段はへこたれない彼女でも、この極寒の状況は耐えがたかった。
ー ブオオオオオオオオオオッ!!!
「ぎゃあああああああっ!!」
その時、今度はアイナ目掛けて突風が吹きつけてきた。飛ばされないように必死に近くにあった壁にしがみ付く。
呼吸が出来ないほどの強い風がアイナのことを取り巻く。
目を閉じ息を止めてこの突風が過ぎ去るまでひたすら耐える。
「やんっ…だ…??」
ようやく収まった突風に、今度は何事かとアイナは恐る恐る目を開けた。
「この寒いのにずぶ濡れとか、お前やっぱり自殺願望でもあるわけ?」
そこには、心底嫌そうな顔をしたレインの姿があった。
「は…………」
アイナは地面にへたり込んだまま目の前に立つレインのことを見上げた。
「もしかしてさっきの突風って…」
「ああ。良かったな、運良くここに俺がいて。泣いて感謝しろよ。」
「なっ………死ぬかと思ったんだけど!先に一言言ってからにしてよ!…って、たしかに乾いてる?うわ、ほんとだ乾いてる…すご……」
アイナは立ち上がり全身をチェックしながら飛び跳ねてみた。
服が濡れたことによる重さは感じられなかった。身体に寒さは残っているが、本当に乾いているらしい。
「あ、そう言えばさっき…」
アイナは窓から見えた金髪姿を思い出し、真偽を確かめるためにその場から身を翻そうとする。だが、レインに手首を掴まれてしまった。
「ちょっと!離して!早く行かないと犯人が逃げちゃうっ!!」
「待て。真正面から立ち向かってもお前の魔力量じゃ簡単に叩きのめされる。」
「じゃあ、どうしたら……!!黙って耐えろって?勝てないから諦めろって??やられっぱなしでいろって??そんなこと…っ」
「誰もそんなこと言ってないだろ。人の話を聞けよ、この馬鹿。」
レインは掴んでいた手首を自分の方に引き寄せた。驚いているアイナとしっかり目を合わせる。
「チヤホヤされたいんだろ?早くその立場から抜け出せよ。馬鹿なんだから一人で立ち向かおうとするな。もっと周りを巻き込め。」
いつもアイナのことを馬鹿にするか蔑むだけだったダイヤモンドの瞳に、初めて真剣さが宿る。
「それに、俺も協力するって言っただろ?」
「それは…」
レインの言葉に冷静になってきたアイナ。
今感情のままに動くことは良くないと理解した。そして、どうしてこんなことになっているかという推察までしてしまった。
「ねぇ、これって貴方が私に構うから目の敵にされてるんじゃないの…………?貴方が話しかけて来なければそれなりに平穏な学生生活を送れた気がする…」
「は?俺から楽しみを奪うのかよ。ふざけんな。」
「は…なんという暴君…………」
一切取り繕わないレインに、アイナは項垂れることしかできなかった。
「その代わり、最悪の一歩手前では必ず助けてやる。」
「え…それって良いの?悪いの?喜ぶべき?怒るべき?よく分からなくなってきた…くしゅんッ」
アイナの問いにレインは答えず、自分のコートを脱いで彼女の肩に掛けた。
「冷水の上に風を浴びてるから、放っておくと凍傷になるぞ。」
「ひいっ…………」
「それには火魔法の陣が施してある。家に着く頃には回復してるだろ。」
言いたいことだけ言うと、レインはアイナの返事を待たずにその場を立ち去ろうとする。
「寒がりなのに良いの!!?」
アイナはレインの背中に向かって声を張り上げた。
公爵邸で寒そうにしてたレインの姿が頭に浮かんだのだ。
「俺の馬車には暖房器具が搭載されている。だからそれは貧乏人のお前に貸してやるよ。」
憎まれ口を叩くとレインはそのまま行ってしまった。
アイナは肩にかけてもらった彼のコートに腕を通して全身を包んだ。
一気に温かくなったことに加えて、コートから漂う自分以外の香りに、アイナは心拍数を上げながら邸へと続く道を歩いて行った。




