寒がりレイン
真冬の空の下、広い庭園の真ん中に大急ぎで用意されたテーブルと椅子のセット。
その周りを囲うように暖房器具が数台置かれている。
それは魔力を動力としており、中流貴族以上でないと手に入らない結構な代物だ。それを惜しみなく使っているところを見るに、公爵家の底知れぬ財力を感じる。
レインの案内でアイナが席につくと、使用人達は紅茶を注いだ後その場を離れていった。
二人きりになり、レインはおもむろに席から立ち上がり向かい側に座るアイナの背後に回った。そして、全力で警戒する彼女をよそに、レインは着ていたコートを彼女の肩に掛けてあげた。
「何のつもり?」
レインの優しさには絶対に裏があると信じて疑わないアイナ。御礼よりも先に疑う言葉が口を突いて出た。
「この寒い中、お前に配慮しないと俺の神経が疑われる。黙って着とけ。」
「…私は今全力で貴方の神経を疑ってるけど。」
口ではそう言いながらも、レインの最高級素材のコートはかなり暖かく、アイナがそれを突き返すことはなかった。
レインが着ていた温もりもあり、ありがたくぬくぬくすることにした。
「こんな寒いのに、なんで来たんだよ。貧乏で馬車だって無いくせに。お前ってほんと馬鹿なんだな。馬鹿は寒さを感じないのか?」
「なんでって………貴方が余計なことをしてくれたせいでしょうがっ!!」
「…ああ、あれか。」
レインは今思い出したように答えた。
そして、口の端を上げてアイナに黒い笑顔を向ける。
「で?面白かったか?」
「んなわけないでしょう!大変だったんだって!…まぁ、話し合いが出来たのは良かっけれど…なんとか話をまとめることが出来たし。あ、兄様もレイン・アルフォードにすまなかったって。ちゃんと反省してたよ。」
「お前も大概だけど、あいつもかなりの馬鹿だよな。…思い出したら段々とムカついてきた。やっぱりあの時腕の一本くらいへし折ってやれば良かった。」
「やめてよ……治癒魔法って物凄く高いんだから。そんなお金うちにないよ…」
自分の兄よりも治療費を心配するアイナに、レインは小さくため息を吐くと、高そうなティーカップを手に取り紅茶を啜った。
同じタイミングでアイナも紅茶に手を伸ばす。
その時、彼女の袖が少しずり上がり、手首に付いている透明な石がきらりと輝いた。レインは、紅茶に口を付けつつ、しっかりとそれを目で確認していた。
「まぁ俺には関係ないことだ。用が済んだのならもう帰れ。」
しっしと手で払う仕草をするレイン。
「え…そっちから誘ったのに?まだお菓子食べてないのに?」
「面子が保てればもう用はない。寒いからもう中に入る。無理。」
割と本気で寒がっているレインに、アイナは渋々頷いた。
我儘で外で茶を出してもらい、相手のコートを使っていてる以上、さすがのアイナでも大人しく従わざるを得なかった。
「分かったよ。これありがとうね。」
肩にかけてあった高そうなコートをレインに返した。
その様子を遠目から見ていた使用人が見送りのためにこちらにやってくるのが見える。
「ああ」
レインは差し出されたコートを片手で受け取ると、アイナの頭を軽く胸に抱き寄せ彼女の耳元で囁いた。
「次はもっとマシな服で来いよ。」
「なっ…!!!」
レインは、袖や裾、襟元の隙間などから、アイナがとんでもない服装をしていることに大体の予想がついていたのだ。
この変な服装がバレていたことに、アイナは顔を真っ赤にしている。穴があったら今すぐにでも潜り込みたかった。
レインは、羞恥心に悶えるアイナのことを鼻で笑うと正門までの案内を使用人に任せて自分はさっさと邸の中へと戻って行ってしまった。
「まったく…!!本当に性格が悪いっ!!!わざわざ言わなくたって…それに紅茶を一口飲んだだけだったし、自分がお菓子で釣ってきたくせにっ!!」
正門まで案内されたアイナは、一人で悪態を吐きながら出ていこうとしたのだが、守衛に呼び止められてしまった。
「トルシュテ様、お帰りの馬車はこちらにございます。」
やってきた時のアイナに対する態度とは180度変わり、至極丁寧な態度で接してきた。
「え?私、馬車では来てなくて…」
「いえ、レイン様が公爵家の馬車をご用意するようにと。」
「は………」
「あとこちらもレイン様からです。」
「へ…………」
守衛が渡してきたのは、アイナも知る王都で有名な菓子店の大きな紙袋であった。その重さから中身がぎっしりと入っていることがよく分かる。
「あ、ありがとうございます。」
本来であればレイン宛に礼の言葉を残すべきだったが、動揺したアイナはそこまで気が回らず、引かれるほど深く頭を下げて大袈裟に礼を言っていたのだった。
「これらも彼の面子を保つため、なのかな…?」
公爵家の馬車の中、アイナはひとり呟いた。レインの真意が分からず困惑している。
彼と初めて言葉を交わしたあの日から、優しくされたり突き放されたり馬鹿にされたり、翻弄されっぱなしだった。
「根は悪い人じゃないと思うけど……でもまぁ所詮は貴族のお遊びなのかな…?」
アイナはぼんやりとレインのことを考えていたのだが、公爵家の馬車の乗り心地が素晴らしく、あっという間に深い眠りについてしまった。
自分の邸に着いた頃には、手に重さのある菓子のことしか頭になかった。




