怪我の功名
「うん、顔色も魔力量も問題ないわね。でも今はお昼休みだから、もう少し休んでいくといいわ。」
保健室のベッドで目が覚めたアイナに、校医が優しく声を掛けてくれた。
「…ありがとうございます。あの、私どうやって…」
ベッドから起き上がったアイナは、まだぼんやりとする頭でここまで来た経緯を振り返る。
真っ白な景色、手首に感じた温かさ、身体を包み込む体温、そして容赦のない舌打ち…
「レイン・アルフォード!」
断片的な記憶を頼りに、ようやくレインのことを思い出したアイナ。もちろん決定打となったのは、彼の舌打ちだ。
いきなり大きな声で人名を叫ぶアイナに、校医はクスッと笑いをこぼした。
「そうよ。彼が貴女のことを運んで来てくれたわ。それはそれは慎重にベッドに寝かせてくれてね、大切に扱ってたわよ。」
意味ありげにウインクを飛ばしてくる校医に、アイナはぶるっと身体を震わせた。
「一体何を要求されることか……………」
とんでもないことを想像したアイナが一気に青ざめた顔で頭を抱えていると、保健室のドアをノックする音が聞こえた。
「あの…トルシュテさん、いますか…?」
控えめな声と共に現れた、見た目も控えめで小柄な女子生徒。
そっと開けたドアの隙間から保健室の中を覗き込んで来た。
「ええ、いるわ。元気になったわよ。」
校医の歓迎する声にホッとした女子生徒は、ゆっくりと部屋の中央まで歩き、アイナがいる窓際のベッドの前までやってきた。
逡巡している様子に気づいた校医は、ベッド脇にあった丸椅子から立ち上がると二人に向けて軽く手を振った。
「じゃあ、私はお昼を食べてくるから。二人とも留守番よろしく頼むわ。」
一言だけ残すと返事を待たずに、そのまま保健室から出て行ってしまった。
残された二人に気まずい空気が漂う…わけもなく、キラキラとした瞳でアイナが食い気味に尋ねて来た。
「ねぇ、同じクラスのカシュア・ロッテさんでしょ?あの時、ほら近くで石に魔力注いでた。あれほんと無理だよね。」
カシュアはいきなり親しげに話しかけてきたアイナに一瞬たじろいだが、彼女に丸椅子をぽんっと手で叩かれ、無視できずそのまま腰掛けた。
「ええと、そう。カシュアでいいよ。私その…貴女に謝りたくてここに来たの…」
俯くカシュアは、膝の上で両手を握り締めた。
アイナはベッドから身を乗り出すと、彼女の拳に手を重ねた。
「いいよ。何でも許すから、何でも話して。」
にっこりと微笑んでくるアイナに、カシュアの涙腺が崩壊した。
堪え切れない涙が瞬きと共に重ねたアイナの手の甲に当たる。
「ごめん、なさい…わたし、貴女のこと、ずっと知らないフリしてて…みんなと同じように貴女と関わらないようにして…あの時も、一番そばにいたはずなのに……手を貸してあげられなくて…本当にごめんなさい…」
「…ありがとう、カシュア。この学園で私のために泣いてくれる子なんて貴女だけだよ。もう私はその事実だけで生きていけそう。はぁー…至福だわ…」
「え???」
懺悔をして謝罪したというのに、相手からの返事はうっとりとしたため息であった。そんな目の前の人物に、カシュアは困惑の色を隠せない。
だが、初めて真っ当に話しかけてきてくれた相手に、アイナも浮き立つ心を隠せなかった。
「ねぇ、私と友達になってくれる??」
「え、私と?貴女のこと、無視してたのに…?」
「え、もう無視しないでしょ?今もこうして話してるんだし。」
「それはもちろんそうだけど…」
アイナは、不安そうに目を逸らすカシュアの手を両手で握り締めた。
驚いて自分の方を見てきたカシュアとしっかり目を合わせる。
「じゃあ決まり。はい、今からお友達ね。私のことはアイナって呼んで。」
「う、うん。ありがとう、アイナ。」
カシュアは戸惑いながらも、少しだけ恥ずかしそうに微笑んだ。
こうして、アイナはようやく友達第一号を得ることが出来た。
「あれ?アルフォード君…?中に入らないの?アイナさんならもう元気になったわよ。」
お昼休みが終わる頃、保健室に戻ろうとした校医がドアの前に立っていたレインに声を掛けた。
「いえ、もうお昼休みも終わりますので。失礼しました。」
レインは軽く頭を下げると、足早に去って行った。
不思議に思いながらドアのすぐ手前まで近づくと、保健室の中から楽しげな声が聞こえて来た。それで全てを悟った校医。
「若いって良いわねぇ。」
一人呟くと、鼻歌混じりに保健室の中へと入って行った。




