まさかこんなことになるなんて
ー トクンットクンットクンッ
あ、れ……わたしいまなにやって……あれ、なんだろう…なんかすごくあたたかい……
目の前も明るくなってきた……
さっきまであんなに暗くて、寒かったのに……どう、して……
「ん…」
薄っすら目を開けたはずなのに、アイナの視界は真っ白であった。
目の前は白く、なぜか右手首に異様な暖かさを感じる。アイナは、ゆっくりと首を動かして自分の右手を見た。
「!!」
視線を向けた先には、アイナの右手首に口付けをしているレインの姿があった。
彼女が真っ白だと思っていたものは、レインの髪や肌であり、アイナは彼の腕に抱き抱えられるようにして座って、その姿勢で手首に口付けられていたのだ。
状況が分からず、体力も戻っていない今、目を見開くだけで上手く声が出せない。
その時、アイナの意識が戻ったことに気付いたレインは彼女の手首から唇を離し、アイナのことを見下ろした。
「お前、馬鹿なの?」
レインは冷たく言い放つと、抱えていたアイナのことを床に放り出した。
幸い、訓練用のドームの床にはクッション材が使われており、身体の痛みは無かった。
「は………」
状況についていけず、アイナは床に寝転がった格好のままレインのことを見る。
本当はすぐに起き上がり彼に話を聞きたかったのだが、上手く身体に力が入らず、声を出すことも自力で体制を変えることもままならない。
「チッ」
レインはアイナに対して堂々と悪態をつくと、異変に気付いてこちらに向かってくる先生の元へ向かった。
その様子を視線を動かして眺めるアイナ。
さすがの彼女もこの状態はかなり恥ずかしく、他のクラスメイト達が近づいてくる前にも立ち上がりたかったのだが、やはりまだ身体は動かない。
せめてもの抵抗として、懸命に寝返りを打ち、誰もいない壁側を向く。
近くにいたはずの他のホワイトの者達はいつの間にか姿を消していた。
面倒ごとと関わりたくないと思って距離を置かれてしまったらしい。
割り切ったアイナは目を瞑り、体力の回復に努めることにした。
だが、そう思って目を瞑った瞬間、謎の浮遊感に包まれた。
「は?」
気がつくと身体が宙に浮いていた、なんてことなく、レインによって抱き抱えられていた。
床で転がっていたこともおかしかったが、アイナにとっては、あのレインに横抱きにされて運ばれているという事実の方が異常であった。
「ななななな、なんで???」
一切こちらを見ることなく、真っ直ぐ出口へと向かうレイン。
ドームを出ると、レインは立ち止まって盛大にため息を吐いた。
「お前ほんとなにやってんの。自殺願望でもあるの?見えないところでやれよ。ほんと迷惑。馬鹿。」
「ええと…申し訳ありません…?」
イライラをぶつけてくるレインに対して、何を謝っていいか分からないアイナはつい疑問形で謝ってしまった。
そんな彼女にまた悪態をつくとレイン。
「お前がやろうとしてきたことは、同期。魔力測定器に精神を入れ込もうとする馬鹿がどこにいるんだ。」
「は!?なにそれ、こわっ………」
身体を震わせるアイナ。
自分の不注意でああなってしまったとようやく理解し、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「ほんとごめん…………ありがとう。迷惑かけて本当にごめん。もう大丈夫だから、下ろして。」
「ここでお前に倒れられたら俺の評判が下がる。」
「……それはたしか、」
同意しようとしたが、レインに鋭く睨まれたアイナは慌てて口をつぐんだ。
「舌噛むぞ。口を閉じていろ。」
それだけ言うと、レインはアイナから視線を外して前を向き、保健室へと向かって歩き出した。
だが、その言葉とは裏腹に、『舌を噛む』とは到底思えないほど、抱えている相手に配慮した慎重な歩き方であった。
ゆっくりとして一定のリズムを刻む歩き方に、アイナはウトウトと眠りについていた。




