上には上がいました
「おはよう!」
今日も元気な挨拶と共に登校したアイナ。
返事の返ってこない挨拶はもはや、ドアを開ける時の掛け声と化している。
復学して早二週間、挨拶が返ってくるなどもう期待していないアイナは、返事を待つことなく席へと着いた。
間近に迫った期末試験のため、カバンから教科書とノートを取り出して机の上に広げる。
「トルシュテさん、おはよう。」
「へ?」
「おはよう。」
「い?」
「おはよう、今日も寒いわね。」
「え??」
これまで調子のいい時しか声を掛けてこなかったというのに、今日はこぞって挨拶を返してきた女子生徒達。
夢にまで見た待ちに待ったクラスメイトに囲まれる瞬間だというのに、アイナは驚きすぎて変な声しか発せられなかった。
口をぱくぱくさせながら、頭の中で必死に最近あった面白い小ネタを探す。
最近まともに同世代の子達と会話をしていないせいで、手頃な話題がなかなか見つからない。
「おはよう。なんだか楽しそうだね。」
レインが教室に現れた。
寒がりなのか、レインはマフラーをぐるぐる巻きにして今日は革の手袋までしている。
カバンやコートを仕舞うよりも先にアイナの近くへとやって来た。
「まぁ、レイン様!おはよう御座います。」
「おはよう御座います。レイン様は今日も素敵ですわ。」
「朝からレイン様にお声をかけて頂けるなんて…至福の1日になりますわね。」
挨拶を向けられたはずのアイナを押し除けて、我先にとレインに声を掛ける女子達。
その瞳はキラキラと輝き、全員恋する乙女の顔でレインに見惚れていた。
あーそういう………もう勝手にやってくれ。そんな口悪性悪男のどこがいいのか……
勉強の邪魔になるから、教室の隅か外で勝手にやってくれ。
アイナは、彼女達に向けていた目線をすーっと静かに机の上に移動させた。
すぐ近くできゃっきゃしている彼女達を無視して、試験対策の勉強を始める。
「へぇ、トルシュテさんのノートってすごく綺麗だね。」
アイナの机の上に手をつき、彼女に覆い被さるようにして見下ろしてくるレイン。
俯いている彼の長い髪が落ちてきて、それを流れるような動作で耳に掛ける。
レインの色気のある仕草に、周囲の女子達はぽっと頬を赤く染めた。
「いえいえいえ、レイン・アルフォード様の髪の方がお綺麗ですよ。」
貼り付けた笑顔で棒読みをした。
揶揄わられたと思ったアイナは、意趣返しをしたつもりだったが、すぐに自分の発言を後悔することとなる。
アイナの言葉に、レインは色気たっぷりにクスッと微笑むと、自身の長い髪をひと束掬い上げた。
「なんでだろう、君に言われるとすごく嬉しい。」
自分の髪に鼻先をつけ、意味ありげに目を伏せるレイン。
「「「きゃあああっ」」」
「うっわ!!」
案の定、女子生徒達はレインの色気に当てられて一斉に悲鳴を上げた。
彼女達の黄色い声のおかげで、アイナのドン引きした野太い声は他の者に聞こえることはなく、アイナは命拾いをした。
だが、声は聞こえずとも、その表情から言わんとしていることを読み取ったレインは、笑顔の下で青筋を立てていた。
覚えてろよとばかりにアイナにとっておきの微笑みを向けるが、聡く殺気を読み取った彼女が教科書から顔を上げることはなかった。




