なんて朝だ
翌日、いつもの通り徒歩で学園に向かったアイナだが、昨日のことをまだ根に持っておりムシャクシャしていたせいで、普段よりもハイペースで歩いてしまった。
学園に着く頃には、肩で息をするほど疲れ切っていたが、冬の冷え切った空気が気持ちよく、心が洗われたような気分になれた。
学園でのアイナは、相変わらず友達と言える存在はなく、都合のいい時に使ってくるクラスメイトばかりであった。
そのため、毎朝挨拶をして教室に入るというのに、彼女の声に返ってくる返事はない。
それでもいつか変わるはずと信じて疑わないアイナは、挨拶を止めることはしなかった。
「おはよう!」
今日も元気よく挨拶をして教室へと足を踏み入れた。
いつもの通り、高貴な家柄の者達はこちらの方を見向きもせず、黒髪に近しい子達が軽く目礼をしてくれるだけだった。
いつもならそれで終わるはずだったが、今日は違った。
「おはよう、トルシュテさん。今日は早いんだね。」
聞き覚えのある声に、寒気がして振り返ると、そこには穏やかに微笑むレインの姿があった。
彼も今来たところらしく、高そうな厚手のコートを羽織り、真っ白な頬が寒さで少し赤くなっている。
寒そうに両手を擦り合わせながら、人懐っこい笑顔を浮かべていた。
「「「「!!!」」」」
アイナに話しかけてきたレインに、クラスメイト達の視線が一点集中した。
皆、この中で最も高い身分である彼が、はみ出し者の彼女に声を掛けたことが信じられなかったのだ。
これまで接点は無かったはずなのに、いきなりアイナに親しげに話しかけるレインを見た女子達は、アイナに射るような視線を向けている。今にも手が出そうだ。
クラスメイトに軽く挨拶をしただけだというのに、教室中に殺伐とした空気が漂っていた。
そしてこの中で最も困惑していたアイナ。
「だ、」
誰だよお前…開口一番そう言いたかった彼女だが、今この場でそんなことを口に出来るほど鈍感では無かった。
ここでは、昨日の口悪いレインではなく、今の彼に合わせるしか無かった。
「だいぶ早起きしちゃってね。」
「寒いのに早起き出来るなんて、すごいね。尊敬する。」
「はははは。照れるな。」
白々しいやり取りをした二人。
アイナは愛想笑いを浮かべたまま、そそくさと席についた。
これ以上彼と言葉を交わしたら周囲に殺されそうだと感じていた。
パニックになる心を落ち着かせるべく、アイナはとりあえずカモフラージュとして教科書を机の上に立てると、その陰に隠れて一人会議を始めた。
彼女が前世の学生時代によく使っていた姑息な手段だ。
いやちょっと待って………なんなのあれ……昨日とまるで別人……というか、最初の印象はさっきのアレだったけど、今のが作り物ってこと…??
うげっ………
あんな顔してあんな振る舞いしてあんなにみんなのこと騙して、彼は一体何がしたいんだろう…
いや、所詮貴族様のお遊びだ。
気にするのはやめよう。
翻弄されるだけだ。
「教科書、逆さま」
「へ?」
頭から降ってきた声に反応して顔を上げると、にやりと笑うダイヤモンドのような瞳と目が合った。
アイナは慌てて教科書の向きを直した。
「フッ」
レインは鼻で笑うと、アイナの席の横を通り過ぎて行った。
彼の席は彼女の後方にあり、この通路を通らずとも自席へと向かうことが出来る。
彼女を揶揄うため、わざわざ遠回りをしてきたのだ。
そんな彼の底意地の悪さに腹を立てるアイナ。
なんなのよアイツは…………………
こうなったら、絶対レイン・アルフォードよりも社会的地位じゃなくて学園的地位を手に入れて、ひれ伏させてやる。
まずは、勉強!
アイナは頭いいのに、良くないフリをしていた。今小テストで満点を連発しているのに、前記の試験結果が良く無かったからきっと目立ちたく無かったんだろうな…
でも、私は手なんて抜かない。
自分の才は隠さない、
むしろひけらかしたい。
だから、全力で勉強して期末に臨む。
そして、輝かしい学園生活を謳歌するっ!!




