一歩前進(?)しました
「じゃあセシリー帰ろうか」
ヨーテルは俺がサインすると、「おおきに! ほな頑張ってそのイヤリング渡すんでっせ!」と俺の胸を肘で小突いて、ビルたちと先に帰って行った。
「はい! でも一緒に帰らないんですね?」
クロと遊んでいたセシリーに声をかけると、笑顔で振り返ってくれた。
良かった、機嫌は直ってくれたみたいだ。
「なんか急いでいるんだって。素材はギルドに届けておくからゆっくり来てってさ」
セシリーと二人の時間をゆっくりしてって言われたなんて言えない。
「そうなんですか。でも、急いでいるのに運んでくれるなんて優しいですね」
「まぁ、そだな」
まぁちゃっかり報酬を取るんだけどな。
でも、今思ったけど、ヨーテルの奴がやろうと思ったらあの素材全部自分が売って利益にする事も出来るんだよな。
俺、人を信じ過ぎか?
……まぁいいか、どうせ討伐部地だけ持って帰るつもりだったし。
討伐証明部位は俺が持っているしな。
「じゃあ帰りましょうか」
「おう」
「キュウ!!」
そうして俺達も街へと向けて歩き出した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
なぜだ……なぜだ……なぜだ……。
「今日は無理言ってすいませんでした。ありがとうございました」
「いやいや、こっちこそ手伝ってもらってありがとう」
街に帰って来て、俺に向かって頭を下げるセシリーに俺は言葉を返しながらも内心焦っている。
そう、まだ通信イヤリングを渡せていないのだ。
いや、何度も渡そうとした。
でも、俺の口から言葉が出てこない。
思えば俺は前世で女の子にプレゼントした事なんてなかった。
もとより、女の子と二人っきり(クロはいたけど)で話したこともない。
そんな事を考えていたら、余計に緊張しだして言えなかった。
普通に会話できただけでも自分を褒めたいくらいだ。
「じゃあ、今日は孤児院へ行くだけのつもりで、昼には帰る予定と言ってあるので帰りますね。おそくなると心配かけますから。失礼します」
そう言ってセシリーはクロにも「ありがと」と言って俺に背を向ける。
おい、いいのか? このままだとセシリーは帰ってしまうぞ?
しっかりしろ、俺!!
「セシリーちょっと待って!」
そうだ、勇気を出すんだ、俺!
「……」
「えっ……?」
俺の気持ちを打ち砕くかのように怒った顔でセシリーがやってくる。
「……ショーマさん、今の私はシシリーです」
「あっ……」
そうだった、今のセシリーはシシリーなのだ。
これは怒られても仕方ない。
幸いにも通りゆく人は気づいてないみたいだけど。
「ゴメン……」
「もう、気を付けてくださいよ。……それでどうしたんですか?」
俺が謝るとセシリーは表情を緩ませて、腰に手を当てる。
「いや、その~……これさっきもらってさ」
ここまで来たら引くに引けない俺は、ヨーテルにもらった通信イヤリングを差し出す。
「これは……」
「さっきヨーテルさんにもらったんだ。なんかこのイヤリングは離れていてもこれをつけて操作したら話ができるんだって。なんか貴重な魔道具らしいけどお礼とか言ってくれたんだ。あっ、なんかヨーテルさんは俺とセシ……いや、シシリーがパーティ組もうとしてるって思ったみたいでさ、二人分くれたんだよ! いや~困っちゃうよな! まぁ別にいらないならいいんだけど、もしなんか依頼とか受けたいとか困った事あったら連絡くれたら手伝えたりできるかな~って。ははは!」
俺は途中から動転しだして、言い訳みたいに嘘も交えながらまくしたてた。
「……」
あっ、これ『ごめんなさい』ってパターンだわ。
「い、いやなら――」
そう言って俺がイヤリングをしまおうとしたら、セシリーに腕を掴まれた。
「いえ、ショーマさんが良ければ頂きます。むしろ、ショーマさんこそ貴重な魔道具渡していいんですか?」
「……これはヨーテルさんが俺とセシリーにくれたものだし、俺はセシリーにもらって欲しいと思っている」
さっきまで動転していたのが嘘みたいに俺はちゃんと言う事が出来た。
「そうですか……分かりました。でしたら、頂きます。じゃあ何かあった時はよろしくお願いしますね?」
そう言ってセシリーは俺に微笑んでくれる。
か、かわいいっ!!
「もちろん!!」
俺は通信イヤリングをセシリーに渡す。
「ありがとうございます。でも、ショーマさん、今の私はシシリーですよ?」
あっ、素になっててまたセシリーって言ってた。
「ご、ごめん」
「お願いしますよ、先輩?」
セシリーはそう言って俺の顔を覗き込むようにして言ってくる。
「お、おう!」
俺は恥ずかしくて目を逸らしながらそう答えた。
こうして俺とセシリーは王女と一般人の関係から先輩と後輩の関係になった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
無事、イヤリングを渡した俺はセシリーと別れ一人ギルドへと向かう。
「……」
その道の途中で俺は人気の少ない路地へと入る。
「……出て来いよ」
街に戻ってからしばらくして、俺はずっと視線を感じていた。
幸いな事にセシリーと別れた時にどっちに行くかと思ったけど、俺の方に来てくれて助かった。
これがセシリーの方だったら危ないところだ。
こいつは気配の消し方もうまいし、俺も視線は感じても場所は特定できなかった。
史上最強の魔王である俺の目をかいくぐるなんて奴は危険だ。
「おまえは……!?」
すると、俺の目の前に知っている奴が現れた。
「いや~、まさか気づいているとはね、さすが闇夜の黒騎士様」
「ルークス……なんでこんな事を……?」
そこにいたのは、俺が見た時の鎧姿のルークスではなく、一般人と同じような服装のルークスだった。
「いや、なんでこんな事をって任務だけど?」
「任務?」
「そう、任務。だって、急に僕の元にセシリー様が街から出るって聞いたからさ。だから、心配したって訳」
そうか、いくらセシリーが内緒でギルドカード作ったって言ったって、王女が誰にもバレずに街を出られる訳ないか。
クレイもちゃんと仕事してるって事だな。
「そうか。んで、なんでルークスさんはセシリーじゃなくて俺の方へ?」
「はは! 短い期間の中で王女を呼び捨てとは仲良くなったもんだね!」
「い、いや! そ、そういう訳じゃ……」
「あっ、別に気にしなくていいよ? 僕は別に何とも思ってないし、今日は本来休みだからね。それより、僕が君のところに来たのはこれからも王女様の事よろしくって事」
「えっ?」
「いや~報告を聞いた時に君と一緒と聞いて心配はしてなかったんだよね。なんたって僕とお互い本気を出さないとはいえ、いい勝負するんだからね。だから、君に王女様の事お願いしようと思って。王女様は僕とか騎士が護衛につくのは嫌がるしね。だから、よろしくね。要件はそれだけ! じゃあよろしく! ……そしてもっと強くなってね」
そう言ってルークスは踵を返して去っていく。
最後の方はなんて言ったか聞こえなかったけど。
それにしてもルークスは実力といい、公の場で見せる顔と俺の前での顔のギャップがあって不思議な奴だ。
そんな事を思いながら俺はルークスの背中を見送った。




