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55.固有魔法

ナメクジは「ルビを振る」を覚えた。

 

 騎士団の詰所の訓練場に案内された慎司とアルテマは、目の前にいるディランから発せられる闘気を感じ、ディランに対する警戒度を引き上げる。


「さて、ここなら誰も来ないし、暴れても何の問題もない」


 ディランが言うには、現在慎司達がいるのは第三訓練場らしい。

 第三訓練場は滅多に使われることがないが、特殊な結界を張ってあるため訓練場外に戦闘の余波が及ぶことは無いらしい。


 この結界というのがかなり強力な物らしく、外へ戦闘の余波を与えないのに加えて、結界内の破損物を修繕する効果もあるらしい。


「おい、鎧は着けないのか?」

「動きが阻害されますので、いりません」

「そうか、わかった」

「ディランは大剣を使うのですね」

「ああ、これが一番使い慣れてるんでな。……お前は何を使うんだ?訓練用の剣を貸すことも出来るが?」

「心配はいりません。私はこれを使います」


 持ち出した大剣を素振りするディランに対し、アルテマは特に武器らしきものを持っていない。

 しかし、アルテマが目の前に手を突き出すとそれは現れた。


起動(スタートアップ)


 アルテマの声に呼応して現れたのは一振りの長剣。

 淡い藍色に光る長剣を右手に握ると、アルテマは軽く振り払うような動作をとる。


創造(クリエイト)


 次の言葉で、アルテマの周囲に魔法陣が展開される。

 地面に描かれた魔法陣からは鈍色の長剣が、空中に展開された魔法陣からは錆色の長剣がせり出してくる。


「おい、なんだそれは……魔法、なのか?」


 ディランは、見たことない魔法を目の前にして愕然としていた。

 本来魔法というものは、火や水等を魔力を元に作り出すものであり、物質を創造する魔法等聞いたことがなかった。


 だが、実際に目の前ではそんな有り得ない現象がまさに起きているのだ。

 ディランは自分の常識の枠から外れた力を前に、一層闘気を研ぎ澄ませていく。


「……活性化(アクティベート)


 三つ目の言葉で、せり出してきた長剣はゆらゆらと揺れながらアルテマの周囲に漂い始める。

 その切っ先は全てディランに向けられている。


「では、始めましょうか」

「……ああ、死ななければ何とかなる。私のプライドをズタズタにしてくれた礼はしっかり返させてもらおう」

「どうぞご自由に……できるのなら、ですが」


 お互いに刺のある言葉を投げ合い、闘気が殺気に変貌していく。

 その様子を見て、慎司はいつでも止められるように備えるのだった。


「シンジさん、合図をお願いします」

「……わかりました。それでは」


 最早両者の激突は止められないと悟った慎司は、右手をあげる。


 ディランが大剣を正眼に構え、アルテマが半身を引き長剣の切っ先で牽制するような構えをとる。


 張り詰めるような緊張感が辺りを包み込み、数秒後、慎司は合図とともに右手を振り下ろした。


「──始めっ!」


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 地を蹴り、一気に加速したディランは一直線にアルテマへ向かう。

 彼我の距離は5メートル程であったが、ディランはそれを高い脚力をもって瞬時に詰める。


「ふんっ!」


 ディランが選択したのは上から下への斬り下し。

 大剣の重さを活かした一撃は、アルテマの細腕では受けきれないだろう。


 その予想は正しく、アルテマは剣で受けるのではなく振り下ろされた剣を紙一重で避ける。


「……っ!」


 一歩動いただけの最小の動きから繰り出されたのは刺突。

 アルテマの握る藍色の剣がディランの胸に吸い込まれていくかの様に迫る。


 ディランは、自分の渾身の一撃を避けられたことにも驚いたが、それよりも繰り出された攻撃の鋭さに舌を巻いていた。


 胸に迫る長剣を、あえて前に体を投げ出すことによって避ける。

 両者の距離は既に1メートルもない。


 ディランは一気に勝負を決めようと、体術スキル《昇り龍》を繰り出そうとした。


 拳を固め、左手を引いたその瞬間。

 ディランの背筋が凍った。


「ちっ!」


 ディランが《昇り龍》を発動しようとした一瞬の隙を突くように、足元から鈍色の剣が飛び出してきたのだ。


 体を逸らし、間一髪の所で剣を避けるが体勢が悪い。


 その隙を逃さずアルテマが首を狙った一撃放つ。


「くそったれ!」


 不安定な姿勢で大剣を用いてアルテマの剣戟を受けるが、踏ん張ることができずにディランは後ろに飛び退く。


「それは失敗ですよ、ディラン」

「あぁ?」


 アルテマは無感情にそう告げると、ディランに向かって左手を突き出す。

 すると、空中を漂っていた長剣が一斉に動き出しディランを狙う。


「穿て《ボルヴィス》」


 歌うように口にした言葉は、アルテマの魔法のトリガーとなる。


 やや大きめの魔法陣からせり出してきた翡翠色に光り輝く長剣は、恐ろしい速度でディランに飛んでいく。


 ディランはそれを大剣で受け止めようとしたが、頭の中で鳴り響く警鐘に従い、横に飛び退く。

 風を切り裂き飛んできた長剣は、ディランの脇を掠めるようにして飛んでいき、訓練場の壁に刺さると、壁が抉れた。


「おいおい……受けてたら死んでたぞ」

「元より殺すつもりです」


 冷や汗が背中を伝うのを感じながらディランは背後で抉れた壁を見る。

 だが、それも一瞬のことですぐにアルテマに視線を戻す。


「今度はこっちからいくぞ。ウォークライ!」


 大剣術スキル《ウォークライ》を発動させたディランはアルテマに詰め寄る。

 《ウォークライ》の効果で上昇した攻撃力を上乗せした左から右への横薙ぎの一撃を放つが、アルテマは後ろに半歩ズレるだけで回避してみせる。

 初撃と同じく紙一重の回避、ディランはそれを予測して、更なる追撃を仕掛ける。


「スラッシュ!」


 大剣術スキル《スラッシュ》で、右から左へ限界を超えた速度の一撃が繰り出される。

 振り上げた大剣も回避されるが、構わずディランは攻撃を続ける。


 もう一度足を踏み込み、今度は唐竹割り。

 だが、それもアルテマは簡単に避けてしまう。


「貫け《レガルゼス》」


 唐竹割りの姿勢から剣を引き戻す前に、アルテマは再び歌うように言葉を紡ぐ。


 魔法陣からせり出す緋色に光る長剣が、身を捻ったディランの脇腹の肉を鎧ごと削り取る。


「ぐああぁぁぁ!!」


 焼けるような痛みと脇腹に感じる喪失感から、ディランは声を抑えきれずに絶叫する。

 傷口からは血が吹き出て、ひと目で致命傷だと言うことがわかる。


「切り裂け《フラガリア》」


 だが、アルテマは追撃の手を緩めなかった。

 三度展開される魔法陣からは、琥珀色に輝く長剣がせり出し、ディランの右腕を切断した。


「貴方の負けです、ディラン」


 痛みと出血から、意識を失ったディランに藍色に光る剣を突きつけ、アルテマは勝利宣告をするのだった。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 アルテマとディランの戦いが終わってからは、大忙しだった。

 まずは傷を負ったディランが死なないように《回復魔法》をかけ、ついでに右腕も元通りにしておく。

 そして、ディランを適当な場所に寝かせ、目覚めた時の対応を熟考するのであった。


「──う、俺は……」

「目が覚めましたか?」


 やがて目が覚めたディランは、青白い顔をして慎司の方を見る。


「俺……いや、私は負けたのか」

「ええ、まあ」

「これでも剣にはかなり自信があったのだがな……」


 戦闘が始まる直前辺りから一人称や口調が崩れていたディランだが、慎司は突っ込まないでおくことにした。


「相手が悪かったんじゃないですかね」

「そうだな。彼女はとても強かった」

「俺もびっくりしましたよ」


 慎司はアルテマが戦えるとは知らなかったし、アルテマの使用した謎の魔法についても心当たりはない。


 それに、いつもならスキルを入手するはずなのに、アルテマの魔法を見ても新しくスキルは入手出来なかった。


「今、彼女はどこに?」

「私ならここにいますよ、ディラン」

「アルテマ、と言ったか……あの奇怪な魔法について教えてはくれないだろうか」


 慎司の背後に控えていたアルテマが、前に進み出てディランに姿を見せると、ディランはアルテマの使った魔法について質問をする。


「申し訳ありませんが、教えることはできません。それに、教えたところで使えはしません」


 アルテマは表情を変えずに数秒何かを考え、ディランに冷たく言い放つ。


「そうか、それならそれで、別にいい」

「理解してもらえたようで嬉しいです」

「私はもう少しここにいる。すまないが一人にしてもらえないだろうか。少し考えたいこともあるんだ」


 ディランは真剣な目でそう言うと、ゆっくりと立ち上がる。


「ええ、それでは俺達はこれで」


 慎司はディランの言うとおりに訓練場を後にする。アルテマは特に言葉をかけることもなく慎司についてきた。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 第三訓練場を出て、慎司はルナが訓練を行っているという場所に向かっていた。

 その道中に、慎司はどうしても気になっていた、アルテマの魔法についてもう一度質問する。


「アルテマ、あの魔法ってなんなんだ?」

「あれは《固有魔法》です」

「《固有魔法》?……というか、教えてくれるんだな」

「シンジになら、別に構いません」


 そう言って、アルテマは《固有魔法》について教えてくれる。


 《固有魔法》というのは、人ではない何かに宿る特別な力のことであり、人族には扱えない物らしい。

 その分、人族はそれを補うようにあらゆる適正を宿すようになり、人口も多い。


 人族に対抗すべく宿る《固有魔法》は、獣人や精霊に発現する。


 獣人は魔法を上手く使えない代わりに身体能力が増加し、精霊は逆に魔力が増加する。


 今となっては共存している人族や獣人や精霊だが、太古には戦争も起きていたらしい。


 その名残で《固有魔法》というものは残っているしい。


 アルテマの《固有魔法》は、先程見たとおり剣の創造、操作だ。

 魔法陣を展開し、剣を創造。

 創造した剣を思うがままに飛ばし、切り裂き、貫くことができるのだ。


 アルテマは魔剣であるからこそ、《固有魔法》も剣に関するものなのだろう。


 教えてもらった情報を整理しながら、慎司が歩いていると、いつの間にかルナがいる訓練場にたどり着いた。


「あ、そういえば」


 扉に手をかける直前、慎司はアルテマにもう一つ聞きたいことがあったのを思い出した。


「どうしてアルテマはディランと戦ったんだ?」

「それは、慎司が戦うのを嫌がっているのにディランがしつこく迫っていたからです」


 淡々と理由を述べるアルテマだが、慎司はその言葉を聞いて、ついにやけてしまう。

 つまり、アルテマは慎司を助けようとしてくれたのということだ。


「俺のために戦ってくれたのか、ありがとな」

「自惚れないでください、私の持ち主である貴方に何かがあったら私が困るからです」

「ふーん、そういうことにしといてやるよ」

「それに、私の戦闘能力を教えるいい機会だった。それだけです」


 アルテマはやや早口にそう言うとそっぽを向く。

 感情が無いように見えるアルテマだが、その様子から照れているのだとわかる。

 感情が無いのではなく、分かりづらいだけなのだ。


「そうそう、なんでアルテマ個人でも戦えるんだ?」

「例えばシンジが麻痺毒を盛られた場合、シンジは動けません。ですから、代わりに私がシンジ、貴方をその間守るためです」

「なるほどなるほど。アルテマがいれば安心だな」


 緊急時の最終手段ということだろう。

 持ち主である慎司に死なれるのは魔剣として困るのだから、緊急時には持ち主を守ろうとするのは当然とも言える。


 ただ、普通はそんな剣など存在しないというだけなのだが。


「ま、何かあったらよろしくな」

「そうならないように注意してください」

「……う、わかったよ」


 慎司はアルテマのジト目に耐えきれず、肩をすくめるのだった。

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