7話 人類との接触
「パワーアシスト、システム起動」
イドキの声と同時に、着ているドレスと体内の筋肉が連動して、身体能力を常人の何倍にも引き上げる。
もしも今の彼女をオリンピックの短距離走に出したなら、大きく突き放した状態で金メダルを取れるだろう。
駆ける。
手を振って、胸を張って、重心は地面に対して平行に突き進んでいた。
目的地は拠点としているレガティオン工事現場である。取り敢えずあそこで引き篭もって、ロボット達に戦わせれば安全だと判断する。
超次元炉の、距離はあっても辿れる強力な波長を辿れば拠点に辿り着けると踏んでの事なのだ。
しかし、背後の大トカゲとの距離が離れる気配は、まるでない。寧ろ少しずつ距離が詰まっている気さえある。
「このまま逃げ切……あれ。なんか距離が離れてない気がするな」
陸の爬虫類は素早い。
ゾウガメは時速3.3キロメートルとゴキブリ並みの速度、ワニに至っては時速60キロと自動車並だ。
一見鈍足に見える大トカゲも例に漏れず、その速度はかなりのものだった。
太い脚を足獣特有の開いた体勢にして、身体をやや前に傾かせて体力を消費させず、素早く進む。
また、イドキは足を草木に取られて上手く走れていないのに対し、大トカゲはそれ等を体重任せに踏みつぶして走れるという利点もあった。
故に捕食者がイドキに噛み付くのに、そう時間はかからなかったのである。
そんな有利な大トカゲにひとつ誤算があるなら、滅多に人類を見ないが為に『服』を『体の一部』と誤認識したことだ。
走る事で旗の様に大きくはためいていた『スカート』の後ろに噛み付き、振り回そうと首に力を入れた突如、絶叫と共に口が離れる。
「ぃえええええ!!」
「あわわわわわ!」
ふたつの叫びが上がる。
イドキは石に躓いたかのように前へ倒れる。
額に痣を作りながらも直ぐさま走り直そうと起き上がろうとした。
しかし、途中で大トカゲと目が合ってしまう。
そこにあったのは、大トカゲの顔を見て、イドキは動けなくなってしまった。
蛇に睨まれたカエルのように腰が抜けてしまったからだ。
大トカゲの口内は大量のカミソリを放り込まれたかのような傷でズタズタになっていた。口から大量の血が流れていたのだ。
凶器は『鉄壁スカートシステム』によって硬質化した液体金属によるもの。
元々余程のことがない限りは他者を傷をつけないように設計されているが、その余程の事が起こってしまった。
風も無しにヒラヒラと揺らめくスカートは、そのまま元に戻りゆく。
そして今度こそ助けてくれるものなんてない。
はじめて見下ろされる威圧感は耐えられるようなものでなく、何とか気絶するのを抑え、叫び出していた。
「だ、誰か助けてぇぇぇぇ!!」
生まれてはじめて、大きな叫び声を上げた。
はじめて、本気で自分の意思を口にした。
叫び声と同時、イドキの首へ風切り音を立てながら驚異が迫りくる。木だって粉々に粉砕する大トカゲの長い尻尾によるものだ。
目を瞑って歯を食いしばり、痛々しい死を覚悟した。だが一向に肝心の痛みがやってくることは無く、やってきたのは一つの破裂音。
恐る恐る瞼を開くと、彼女の前には大トカゲの前に立ち塞がる一人の大柄な男の背中と、宙へ弾かれる尻尾が見えた。
いつの間に現れたのやら、逆光で姿はよく見えない。しかしはためくトレンチコートと共に舞う木の葉の方角。
そして掲げるかのように高く上げられた足のシルエットが、尻尾を『とんでもない力と速度で蹴って弾いた』のだと分らせる。
「◆◆◆……!」
彼は振り返らずに何か言っているが、知らない言葉なのでよく分からない。しかし何故か、声色から返答すべきであるとも思った。
こういう時はなんと言うのか。多種多様な言葉から、良さげなものを導き出す。
「あ、ありがとうございます!」
伝わったかどうかなんて分からない。しかし彼は聞こえた瞬間に、頷くと姿勢を正す。
大トカゲに対して身体は半身左手前。左足は地面に付けで右足は爪先立ち。両腕は下段である。ガードを下げた、攻撃的な構えであった。
対して一筋縄ではいかないと冷静になった大トカゲはゆっくりと距離を取り、尻尾を投げ縄のように宙で回し、勢いを付けた。
「クァッ!」
先ほどよりも強く疾い尻尾。
それが慣性によって男に対し横薙ぎに飛んでいく。
男は受けない。左足で地面を蹴るバックステップで一歩下がったのだ。
先程まで頭のあった場所を、殺人的な速度の尾先が切る。
だが、それこそが大トカゲの狙いでもあった。
あの蹴りで攻撃が防がれるなら、一旦別目的で使わせ動けなくして、一気に本命を叩きこめば良いのだから。
その本命とは、噛みつき。
後ろ足に溜め込んでいた力を開放し、口を開けて突撃する。岩も鉄塊も噛み砕くトカゲの咬筋力は流石にどうにかなるまい。
大トカゲはそう考えるし、実際にその通りだ。
だが男は信じていた。
大トカゲが、今のように虚実を入れるよう切り替える学習能力を。
根拠は無いが確信はあるという、矛盾した境地の果てにそうしてくると感じていた。
だからはじめに蹴りで尻尾を弾き、蹴り足もさっさと戻さずに高々と上げていたのだ。
『あの脚さえ使えなくすれば』と考えるようにする誘導であった。
迫り来る大トカゲの口を確認し、この時を待っていたのだと、男は肩と右足の力を抜いた。
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