18話 紅黒く、丸く、連なって
それは紅黒く、丸く、連なって。
一房の葡萄が、イドキの手に在った。
先程リリーナが畑へ向かったと思うと、さも普段通りといった表情で、片手に持ってきたそれを手渡したのである。
イドキとしては加工される前のブドウを初めて見て、何をしていいか分からない。
なのでゲイルに助けの視線を出すと、彼は楽し気にその様子を見て、大きな独り言を呟いた。
困っている彼女にも聞こえる様に。
「なるほど、本当に時間を速められる事が出来るならワインが作れるのかって事ね。そこんとこどうよ、イドっちゃん」
ああ、そこか。
やっと事態を呑み込んだイドキはポツリと納得する。
「まあ、出来るよ」
「おおそうかい。じゃあ、期待してい……ぐふっ!」
突然の事だ。軽口の最中に家から出てきたリリーナから醸造用の樽が押し付けられたのだ。
小振りな方とはいえ突然渡されたものなので、彼はかなりの衝撃を指先に感じた。
「あっぶね。常人だったら指の骨折れてんぞ!」
「そりゃあんただったら大丈夫だと思ってやってるからね。
良かったじゃない、信用してもらえて」
「ざけんな……うぐっ!」
「あ、ごめーんね。圧搾機忘れてたわ」
先程の樽より少し小さい、大きめの炊飯器程の大きさの桶に蛇口をつけたような圧搾機が上に摘まれた。
ゲイルは苦々した表情を浮かべつつも、超人的な指の力で樽と、その中に入れた圧搾機をバスケットボールのように人差し指でクルクル回す。
溜息を吐いていた。
「それにしても」と、前置きして、ゲイルの視線の行く先は畑。
そこには、キュウリやトマトのように棒を伝った蔓から、幾つかの葡萄が垂れ下がっていた。
「ほー。小さな畑でも葡萄って作れるもんなんだね」
「まあね。上手くやらないとあっと言う間に腐るし、形も結構歪だったりするけど、園芸の範囲でやる分には十分さね」
彼女はそう言いながら、それらの殆どをむしり取って、イドキの目の前へ再び立つ。
距離はかなり近い。
イドキは「ええと」と、再びどうしていいのか分からず取り敢えず今の体勢を維持していると、「両手を輪のような形にしな」と言われたので、それに倣う。
すると上から沢山の葡萄を押し付けられた。
「うわっぷ……一房じゃダメなんだ」
「よくよく考えたらワインだしね。量は必要だよ」
そこへゲイルが割って入る。
「で、本音は?」
「両手で葡萄を抱える美少女とか超エモい」
「ふーん」
「これで太陽のような笑顔を浮かべていたら尚良いんだけどねえ」
「そりゃ無理だ。因みに、もしもイドっちゃんがそういう子だったらどうしてたのよ?」
「うちの子として引き取るわね。可愛すぎて」
大爆笑して「運がよかったな」と下へ声を投げかける。
話に付いていけないイドキは、よく分からないことを言うリリーナへ疑問を持ちつつ、反重力システムを使い、ふらつく足を安定させたのだった。
◆
レガティオン客間にて。
備え付けの金属のボウルの中で、紫の液体が暴れまわる。
葡萄を、リリーナがワシワシとパンを捏ねるかのように両の手で握り潰しているのである。
彼女は笑っていた。
「フッフッフ、ゲイルよ。期待したろ。残念だったわね」
「んー、まだまだ期待してるよ、ワインの味の方にだけどな」
「……どういうこと?」
イドキが首を傾げると、楽しそうにリリーナが補足した。
「ワイン造りってのはな、大規模なものになると村娘達が足で踏んづけて作るのよ」
「ほうほう」
「で、その恰好なんだけど汁で服が汚れるからなのと、余計なものが混ざらないよう裸なのね」
「ほうほう……それで?」
「え?」
イドキは次の話を期待している顔つきを、リリーナへ向けたまま動かない。
話は終わりなので、口を動かせない彼女はゲイルへ助けの視線をチラリと送った。プライドはあるので手は止めないままで。
「ああ、分かる分かる」といった、困ったような表情で彼は頷きイドキを見た。
「ああ、イドっちゃん。ちょっといいかな」
「……ん、なに」
「つまりリリーナは、俺がリリーナの裸を見たいんじゃないかって話をしていたんだ。冗談のつもりでね」
「そうなの?」
それに対するリリーナの顔は「コイツ、やべぇ」と絶句に近い。
長く生きる彼女とて、こんな人間を見るのは初めてなのである。
「そうね。男の人は女の人の裸に興味を持つものなのよ」
「そうだったんだ。ありがとう」
「……アア、ハイ」
イドキの記憶の中は、戦争の時の様子が過ぎっていた。
確かに凶暴になった兵士は女性の服を破いたりする。
しかし、その後に覆いかぶさったり交わったりするのが主で、眺めるという行いはあまり見なかった。
故に裸そのものには興味がないと思っていたのである。
そんな戦場の何気ない風景を思い出しつつ、これといった感情が込められていない一言を呟く。
「じゃあ、ゲイルも私の裸に興味あったりするの」
「ないない。ガキにゃ興味ないから座っとけ」
シッシと犬を追い払うような動作で、椅子へ座らせようとするゲイル。
そして、それをニヤニヤと猫のような眼で、楽しそうに見るのはリリーナだ。
「ん、どうした?」
「おやおや、その理屈で言うと、ゲイルくんは大人のおねーさんに興味津々と言う事になるねぇ。ホラホラ、遠慮せずに良いのよ。このムッツリめ」
「うっせぇババア。この絶壁が」
お互いに目いっぱいの笑顔で、客間は平和な笑いに包まれていた。
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