63:従魔契約と従魔使い
おおっと小さな声があがった。
そりゃそうだ、見たことないスライム(しかも知性があるらしい)が食事をする風景なんて滅多にお目にかかれない。
でも向こうはやっぱり知性があるからなのか、私たちの視線が気になったんだろう。
干し肉を掴んだ状態でしばらく止まっていたかと思うと、ずるりと体? を動かして通路の端に移動しなるべく目立たないようにしていた。ちょっとかわいそうだな……。
「みんな、あの子怯えてるからあんまり見ちゃだめだよ。きっとこっちが攻撃の意思がないのは伝わったんだと思うし、どいてくれたから落とし穴の構造から確認しよう」
「そ、そうだね。ごめんね……」
アリュートがすぐに反応を返してくれてスライムにも謝ってくれた。
他の人はスライムに知性があることに疑問形だからか、そういうそぶりは見られなかった。
ただ、フェルは周囲を何か警戒しているようだったし、レラジエさんは我関せずとばかりにフライングスパイダーを撫でてた。
マイペースだなあ……。
「床に開いている大きさとしては結構なサイズだね。ミノタウロスだって落っこちそう。落とし穴として蓋がないのはスライムを前提にしてるから?」
『どうでしょう、他の階にはちゃんと蓋みたいな感じの落とし穴がありましたよ。もしかしたら蓋部分はあのスライムが食べちゃったのかもしれませんね』
「ああ、成り代わるために……」
なるほど、それなら納得だ。
私が覗き込むと結構な深さがあるみたいで底がちょっと暗く、目視は厳しそうだ。
明かりの魔法を唱えてそこに落とすと、流石に奈落の底というわけじゃないらしく剣山のような鋭いものがびっしりと見えた。
アリュートが警戒しながら落とし穴の壁を触ってみると、つるりとしていて登れそうにないし頑丈だという。これだと落ちた瞬間に剣や槍で引っ掛けて、というのには難しいだろうというのが彼の見解だ。
「ここの材質ってなんだろう?」
「それならば硬化フェネルタイトという石材だと聞いている。それを加工したのちに全体的に更なる硬化魔法をかけて朽ちぬ図書館を作り上げたのだと」
「わあ、……すごいな、当時どこの国でもそんな風にするだけの力があったんですか」
「いや。図書館を作り上げたのは、とある団体だ。国はそれにそれぞれ補助金を出したに過ぎない。神々の寵児で作り上げられた“ゆりかご”という団体だということはわかっているが……実態は不明だ。名前は出るのに何をしたのかも誰がいたのかもわからないんだ」
バルバスさんが少し苦い顔をした。
この人結構もしかして調べたことが不明のまま終わると気になっちゃうタイプなのかな……。
でもそれにしたって、その硬化フェネルタイトとかいうのは厄介だなあ。
落っこちた際に魔法で浮ければいいんだろうけど、全員が全員そうだとは言えないし。私が魔法をかけて間に合えばいいけど、並みの魔法使いの魔法じゃ竜人族とかの重装備とか浮かせられないかもしれない。
魔法=万能ではないからね、この世界。
その威力に相当するだけの魔力と、その魔法への理解度が求められるとかだしね……。
「魔法は阻害されないみたいだね、まだ明かりの魔法は下で輝いてる」
「そうだね、念のため攻撃系の魔法も一つ撃ってみてくれないかな」
「うん、わかった」
わかりやすく、火球を相変わらず詠唱をむにゃむにゃ適当に濁して放ってみたけれど、壁にぶつかってもかき消えることはなかったし壁が焼けることもなかった。しばらく跳弾していて危険極まりないな……。
「これは……攻撃魔法でも壁を壊して登るのは無理そうだね。下の剣山だけ気にすればいいかと思ったけど、最悪これに落ちたら骨折して何もできずに食われるか、餓死か。或いは五体満足でも脱出できなくて餓死か」
「わあ最悪!!」
「イリスみたいに翼のある従魔がいればいいんだろうね。……ところで今更なんだけど、“従魔契約”と“従魔使い”はどう違うの?」
小首を傾げたアリュート可愛い!
じゃなかった、最もな疑問だったので私はアズールを呼び寄せて従魔契約の魔石を指さした。
「従魔契約にはこの魔石が必要で、従魔となった相手は最悪ご飯を食べなくても契約主の魔力を食べて生きていけるよ。契約主の魔力に応じてパワーアップもするし、心も通わせられる。でも従魔使いの技は上辺だけなんだよ。代わりに汎用性は大きいけどね」
要するに、従魔契約はよりその魔獣の能力を有効に引き出せる上に忠誠も誓ってもらえる。ただし従魔契約をするには魔力が必要であり、対象魔獣が心を開いてくれなければ行えない。契約者が死ぬまで傍に付き従ってくれる……という契約をした相棒といったところが近いと思う。私とアズールみたいに念話ができるのは互いに信頼関係があるからこそ。えっへん!
対して従魔使いの術というのは二種類あって、“魔法による支配”と“飴と鞭による調教”だ。
どちらにせよまずは魔獣を前にして、魔法による支配で一時的に服従させるのを断続的に繰り返し必要な時間だけ拘束するか、或いは魔獣に餌と鞭を与えることで状況に応じた行動をとらせるようにするか、というものだ。
でもこれの場合、前者の魔法支配は魔獣の抵抗力が上回ればそこで終了だし、術者の魔力が尽きても同様。そうなった途端に食われること間違いなしだ。それに強い魔獣が必要ならそれこそ術者が強くないといけないんだから、それだけの実力に見合う人がわざわざテイムする必要性を感じるかどうかはわからない。
後者の飴と鞭もあっさりと魔獣がその気を無くすかもしれないし、反抗的になってしまえば状況によっては術者なんてあっさりと食われること間違いなし。そんな危険を冒してまでテイムしたいかは微妙なところ。
だからこそ、従魔使いの道を選ぶ人が少ないってことだね。
「ってとこかな!」
「へえー……イリスはダンジョンで従魔の契約魔石を見つけたんだっけ」
「そうだよ、でももう私はこれ以上従魔契約できないと思うなー。魔力的な意味で維持ができないと、彼らが力を使いたい時に発揮できないでしょ?」
「怖いとは思わない?」
「うーん?」
まあ疑問は尤もだ。
サジミーナさんたちも興味を隠そうとしていない。まあ従魔契約をしている人というのは珍しいというからね。魔獣と心を通わせるというのは案外難しいし、まず魔石がね、高価だからね。
私みたいにダンジョンで手に入れられるというのはラッキー以外の何物でもないらしい。
「契約した瞬間にね、心が繋がったなって感じるんだよね。これは説明しづらいんだけど……私たちは契約で“つながった”って思える感触っていうのかな……。そうなるとね、不思議と愛情が強まった感じがするの。家族愛って言ってもいい」
「へえ……マッヒェルさんも?」
「うん」
アズールの方を見れば、彼女はただただ嬉しそうに私に頬擦りしてくる。わざわざ小鳥姿になってもふもふをあててくるあたりあざとい。美女姿でもいいんだけどねこっちとしては。いや、まあアズールならどっちでもいい。アズールが隣にいてくれる安心感ったらないもの。
これが従魔契約を結んだ関係、というやつなんだと思う。
私たちは裏切らない。私たちは守り合う。そういう意思が私たちの中にある。
「あっ、食べ終えたみたいだよ」
そんな私たちにお構いなしで、レラジエさんがのんびりとスライムの方を指さした。
そこには満足したのかスライムらしく丸い形態になったカモフラージュ・スライムが、床とは違う色になって私たちの前にちょこん、と座って? いるのだった。
「美味しかったのかな……?」
「もう一個あげてみる? 干し肉はたくさん持ってきたから」
「そうだね、折角だからあげてみようか」
なんだか期待されているような気がして、私とアリュートは思わずちょっと可愛いかも……と干し肉を差し出してみた。床に置こうと思ったんだけど、その前ににゅっと伸びてきたスライムの体がそれの端っこを咥えて、飲み込んだ。
……なんだろう、この野良猫が手からエサを食べてくれたかのような感動……。
カモフラージュ・スライムはラピスラズリが軟体になったみたいな色合いでちょっと綺麗だ。
それが嬉しそうにふるふる震えているのはちょっとシュールだけど、やっぱりなんだか可愛い気がしてきた。
『あ、ほらちょっとピンク色になりましたよ!』
「……うん、いやわかんないや!」




