ふたり旅7
このままでは村人は全員死んでしまうだろう。
朝、村をリアンと離れようとした時、その光景を目にした。
泣き崩れる夫婦の声。少女は家の外で空を眺めていた。
「お姉ちゃん……。」
私の姿を確認すると少女は私にしがみついて泣きだした。
「お兄ちゃん、悪いことしたんだね。井戸を穢したから罰が当たったってお母さんが……。」
私は黙って少女の頭を撫でてやるしかできない。
このまま、みんなを見捨ててこの村を出ていいのだろうか。
私は……なんて無力なんだろう。
「シリル、行こう。」
「ま、待ってリアン。……私。」
「シリル。無理なこともあるんだ。君が救わなきゃいけないのはこの村の人だけじゃない。」
「でも……。」
「お姉ちゃん、さようなら。いっぱい、いっぱい有難う。」
「ソフィー……。」
少女に見送られ、リアンに引きずられるように私は村を後にした。
胸が、胸が張り裂けそうだった。
足元がおぼつかない私をリアンは寄り添うように歩いてくれた。
*****
体力が落ちていた私をリアンは村から少し離れたところの無人の小屋に連れて行った。
私は罪悪感と失望……自分の無力さに押しつぶされそうだった。
「……やっぱり、村に戻るわ。リアン。」
「……シリル、よく考えて。あの村には水は戻らないんだ。君が戻っても君も一緒に死ぬだけだ。」
「そんなの!わからないじゃない!私が無力だからってひどい言い方しないで!」
「君は無力なんかじゃない。一緒に旅してきた僕にはわかってるよ。」
「私、本当はあの村に入ってからあなたとフォンティーナお姉ちゃんのことが気になって仕方がなかった。あ、あなたに……キスされてからも全然儀式にも集中できなくて……。そんなんで村の人に何が出来たっていうの?今だって簡単に見捨てて村を出てきたのよ。最低だわ。最低なのよ……。」
「シリル……。」
「あなたが言っていたように私はあなたのことが好きなの。でも、水の巫女としてはダメになってしまうわ。ここで別れましょう。それがお互いのためよ。私は村に戻るわ。」
リアンが私を抱きしめようとする。でも、今の私にはそんな資格はないの。その腕を払うとリアンが真剣な眼差しで見ていた。
「シリル。行かせない。君を失いたくない。僕と一緒に逃げてくれるって言ったのは嘘だったの?」
「り、リアン!?」
一度も私に無理強いをしたことのないリアンが私の体を押し倒す。その力強い腕を私に払えるわけもない。リアンの美しい銀髪が私の頬にこぼれた。
「シリル。村に戻っても水は戻らない。でも、雨を降らすことは出来る。」
「リアン?何言ってるの?そんな夢みたいな話。」
「僕には王族の血が流れている。君に覚悟があるなら君が力を得る方法がある。」
「……リアン?」
「村を助けたいなら僕に抱かれて。」
リアンが…王族?
「シリル。」
「あ、雨が……降るの?」
「降るよ。水の巫女と王族が契れば祝福の雨が3日降る。」
「そ、それは迷信よ。」
「本当なんだ。シリル、信じて。」
「本当に……雨が?」
「信じて……。」
呪文のようにリアンがつぶやく。「僕を信じて。」と。
何も考えられなくなっていた私はリアンにされるまま、リアンが広げたマントの上に横たわった。
繰り返される呪文。
その柔らかい唇は私の首筋を湿らせ、その手は震えながらも優しく私の体を包んだ。
「シリル、愛してる。」
後は熱に犯されたように何も考えず、リアンに体を預けた。
リアンは嘘をついたのかもしれない。
でも、こんなに愛されるならそれでもいい。
そう思えるほどにリアンは優しく私を抱いた。
私の中心を裂くような痛みが何度も通り抜ける。
その痛みさえも……愛しく感じた。
その日からリアンの言った通り3日間雨が降り続いた。
私は自分の中から湧き出る力の感覚に戸惑う。こんな風にリアンと結ばれるなんて思ってもみなかった。
幸せすぎた私は色々なことを見落としていることに気づかなかった。




