儚く愛しい時間1
結局迷った私はリアンの勧めでリアンが10歳まで育った村に身を置くことに決めた。
ノトというその村はリアンのお母さんの故郷になる。妊娠していることもあるから出産などを考えると今は国境を超えるのは危険だ。なによりこの砂漠を渡るのは常人でも困難な事なのだ。無理を押し通して見知らぬ所へ行って見つかるより確実に隠して貰える方が良いとリアンは提案した。ただ、王宮から逃げてきたというリアンは隠して貰えてもサテアン王子が探している水の巫女まで匿ってはくれないだろう。だから私が水の巫女だってことは内緒。なんでも村の人たちはリアンのお母さんを無理やり奴隷として連れて行った王族に反感を持っているということだ。
「今度こそは守ってやるからな。」
村の人は口々にリアンにそう言った。リアンもリアンのお母さんも人望が有ったんじゃないかな。
リアンには私は知り合いだと紹介してと頼んだんだけど「シリルのお腹にいるのは僕たちの愛の結晶でしょう?」と臆面もなくリアンは私を「妻」だと皆に紹介した。年配の人や男の人は皆私に親切に接してくれたけど、予想通り年頃の娘さんたちには厳しい目で見られた。
少々傷は残っているものの、リアンの傷も随分と回復して来ていた。
「シリル。きっとサテアンは君を探してる。水の巫女はそれほど大切な存在なんだ。今に分かるよ。」
リアンは外に出ようとすると何度も私にそう言った。サテアン王子は本当に私なんか必要なのかしら?フォンティーナお姉ちゃんがいるのに? でも、そうだったとしても「水の巫女」だからよ。
「私」は必要とされてない。
でもそれはサテアン王子だけかしら。
この村に来て一番に私がしたことは夜中にこっそりリアンが案内した涸れ井戸を復活したこと。何も知らない村長が次の日に祝の宴を開いたっけ。
リアン……あなたも?
分かり切った答えを出したって悲しいだけだわ。馬鹿ね。
リアンが今そばに居てくれるだけでいい。無事に子供が生まれたら……後のことはその時に考えよう。
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「このくらい、させてくれないと。」
「駄目。僕の女神様は何にもしないでいいの。」
食事の後のお皿を片付けようとするとリアンがそれを私の手から奪い取る。
「私は病人じゃないのよ!?」
「シリル。重いものは持っちゃいけないよ。それに僕無しで外出しちゃいけない。小石にでもつまずいたら大変だから!」
「あの、あのね、リアン。」
リアンの過保護ぶりには頭が痛い。これじゃあ、必要以上に太ってしまう。
せっかく王宮で痩せたっていうのにまた戻っちゃう。せめてちょっとでも綺麗でいたいのにリアンにはちっとも通じない。だいたいリアンの方がまだ怪我も残っているというのに。
「あんまり家の中ばかりに閉じ込めるとリアンのこと嫌いになっちゃうかも……。」
つぶやいてみるとリアンの顔色が真っ青になる。正直、私に嫌われてもどうってことないと思うけど、なぜかリアンはこの言葉に弱い。……なんだか自分が小悪魔ちゃんになった気分よ。ええ、気分だけだけどね!
「さ、散歩だけだよ?小屋の周りだけ!畑の向こうは出ちゃいけないから!」
慌ててリアンが妥協案を提案してくれた。野良仕事でもさせてくれたら少しは気分が変われるかな?
何もしていないと息が詰まるもの。
*****
「これは雑草じゃないわよね……。」
ハート型の葉っぱがかわいく私は違うと主張してる。でもこういうのこそ悪い葉っぱだったりして。まあ、良いわ。後で育ってから抜いたって。
ほっかむりしてリアンの許可を得た私は野良仕事。と、言っても私にできるのは雑草抜くくらいだけどね。私たちが居住にしている小屋の周りはリアンが畑にしていた。内緒だけど、時々私が産んだ水をあげている。隣の家もない森のそばの一軒家(家というほどのものじゃないけど雨風はしのげるし。)村の外れを村長さんが用意してくれた。初めて村に着いた日は村長さんの家にかくまってもらったから生活的には快適だったけど村長さんの娘さんやらにチクチク言われてた私はもちろん今の方が楽。
そんなこと思いながら手元に集中している私にほっそりとした影が落ちてきた。
「王宮でリアンはどんな目にあったの?リアンの奥さん。」
あれあれ悩んでいたハートの葉っぱが誰かの足の餌食に……。
……。
まあ、こんなところまでご足労さまです。
「ねえ、聞いてんの?」
「……。」
顏を上げれば少し焼けた肌の女の子が私を見ている。……上からね。
「あんなにボロボロになってリアンに何があったの?まさか、っていうか、あんたのせいじゃないの?」
その言葉に憎しみが籠る。それもそうだろう。幼いころにリアンと結婚の約束をしたというのだから。
村長の娘、コレットさん。
憧れの君を奪った私をその大きな瞳は捕らえて離してくれなかった。
どなたかリアンに愛の手を……。




