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聖騎士団長、遠征途中に死亡フラグを立てる  作者: 書庫裏真朱麻呂


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9/19

9、連邦捜査局次長、失恋する

「ヴィーナス・モリー・ターナー」

 ハワード卿が優しくその名を呼ぶと、モリーは口を閉じた。

 そこで彼は相手を落ち着かせるべく、意識的にややゆったりとした口調で尋ねた。

「私はこれまでに、故意ではない過誤を犯した者に対して、その事情や言い分も考慮せずに酷く責めたことがあっただろうか?」

「……いいえ」

 モリーは目を伏せ、消え入りそうな声でそう答えた。

 ハワード卿は、再び尋ねた。

「それでは改めて尋ねるが、私が飲んだラズベリーコーディアルには、何らかの毒や薬物が入っていたのか?」

 モリーは今度は少し落ち着いた様子で答えた。

「……いいえ。ただ、侵入者を魅了するための触媒として使っただけです。私の魅了の力は、触媒なしでは使えませんから」

「それなら、全く問題ない。私に魅了は効かないんだ。妖精の王子、ロビン・グッド・フェローと契約を交わしているから」

 ハワード卿の言葉に、モリーは目を丸くした。

「……魅了が効かない?」

 ハワード卿は頷いた。

「そうだ。だから、君はメグや他の守護者たちを魅了解除の為に呼ぶ必要はないし、ただ知っておいてくれれば良い。――私が、君のことだけを、ずっと以前から愛していると」

 途端にモリーが膝から崩れそうになるのを、ハワード卿は慌てて引き寄せた。

 モリーは俯き、ぽつりぽつりと心の内を吐露した。

「ずるいです、ハワード卿。……遠征前に、急に大切な指輪を私にお預けになって。ずっと、どういうお考えでお預けになったのか分からなくて……。きっと任務遂行の為に必要だからなんだろうと思っても、もしかしたらって何処かで期待してしまって、だけど、そんなはずはないって……。帰還したら、きちんとお話しようと思っていたら……」

 モリーの両腕が、彼女を支えるハワード卿の右腕を包みこんだ。

「魔女に喉を掻き切られそうになった時よりも、ハワード卿が倒れたあの時の方が、もっとずっと恐ろしかったんです」

「……済まない。ロビンからは、『嵐の王の短剣(カルンウェナン)』は嵐の王から借りた魔法だから一度しか放てない、と何度も言い聞かされていた。だから寸分も過たずに魔女の心臓を穿たねばならなかったのに、つい焦ってしまった」

「ハワード卿でも、焦ることがあるんですか?」

 モリーの不思議そうな声が、どうしようもないほど愛しく、それでいて少々憎たらしい。彼はどうにかして自分の思いを彼女に解ってほしいと思った。

「……君が絡んでいる時に、私が平静でいられたことなど一度もない。君はいつも危なっかしくて、眩しいくらいに魅力的だから」

 *       *

 翌日。午前中に先触れがあり、昼過ぎに連邦捜査局次長アーセン・ルブラン氏が拠点を訪ねて来た。数名の護衛だけを連れて。

「聖騎士団の皆さん。この度の、我々連合捜査局に対するご協力に、心から感謝いたします。おかげさまで、こちらで保護していた町長一家は先程無事に自宅に戻ることが出来、皆さんが確保してくださった容疑者たちの身柄も現在、州都の拘置所に順次送り出しているところです」

 銀色の髪に灰色の瞳、スマートな体型のアーセン氏は、この日も流行のスーツを着こなし、洗練された仕草でそう挨拶した。

「……一昨日の夜も思ったけど、雪豹みたいな人だよな。目付き鋭いし」

 連合捜査局次長を出迎えるべく、ロビーにずらりと並ぶ団員たちの列。その中からダイアナが小声でアンにそう耳打ちしたのが聞こえたので、ハワード卿は咄嗟に咳払いをした。

「失礼した、連合捜査局次長殿」

「いえ、お気になさらず。それから、どうぞアーセンとお呼びください。貴方がたとは長い付き合いになりそうですし、それに今日はどちらかといえば個人的な用ですから」

アーセン氏は爽やかな笑顔を浮かべて、ハワード卿に手を差し出した。

 ダイアナが小声で呟いた。

「……悪い人じゃないのは判るけど、笑うと微妙に胡散臭く見えるのは何でだろうな?」

 ハワード卿は再び咳払いをし、それからアーセン氏を臨時応接室に案内した。

「それではアーセン殿、どうぞ、こちらへ」


 応接室では、ヒルダと、オシアンが既に待っていた。ヒルダは怪我人ということで椅子に腰掛け、その膝の上にオシアンが伏せた身体の下に前足をしまい込むような形で座っていた。

 護衛と共に入ったアーセン氏がヒルダの方を見て一瞬苦笑した。

(そういえば、アーセン殿のご母堂はオシアン公の妹君だという話だった……)

 余人の目には女性の膝に大きな猫が乗っているだけなのだが、アーセン氏からすれば自分の伯父が女性の膝に乗っているのだから、胸中は複雑に相違ない、とハワード卿は思った。


「お加減は如何でしょうか、ヒルダ・フォスター第三隊長殿」

 挨拶が終わり、一同が椅子に掛けたところでアーセン氏がそう尋ねると、ヒルダは苦笑した。

「君の伯父が、私が仕事に戻るのをなかなか許してくれないので、当分職務復帰が出来そうになくて困っている。ところで、今日は私に用件があるとのことだが?」

「ええ、用件は二点あります。一つは、捕らえたエリザベスタウン警邏隊長フランク・ウィルソンが、貴女を撃ったことを自白しております。貴女がもし厳罰をお望みならば起訴状にはその旨も記しておきたいと考えているのですが」

 そう言いながら、彼の視線はオシアンに注がれていた。

「そうだな、ウィルソンは一旦、人の世の法で相応に裁かれ、刑に服すべきだろう、私を撃ったことに対する罪への罰はそれで充分だと思うよ。彼には拉致監禁、人身売買の罪もあるようだから、そうそう簡単には釈放されないだろうし、社会に戻っても無事安穏の余生を送るわけにはいかないだろうがね」

 ヒルダが、膝の上のオシアンの見事な毛並みを頭から尾の先まで撫で下ろしながらそう答えた。

「ありがとうございます、フォスター第三隊長殿。私としてもあの男は何よりもまず州連合の法に則った裁きを受けるべきだと考えておりますので、貴女のお考えと一致していて良かったです」

 アーセン氏がそう言いながらもオシアンを見つめているのは、彼の用件の真の相手が、他ならぬオシアンだったからなのだろう。ウィルソンが法の裁きを受けるまでは、どうか報復してくれるな、と彼は頼みたかったのだ。

 随分回りくどいやり取りだが、おそらく、自分の伯父がヒルダの膝の上にいる猫だということを部下に明かしてはいないのだろう。一昨日の作戦で猫型妖精(ケット・シー)の協力を受け入れた連合捜査局たちだが、彼らもさすがに自分たちの上司が半分猫型妖精(ケット・シー)の血を引いていることまでは容易に受け入れられないだろうから。

 そのようなことを考えながら二人のやり取りを見守っていたハワード卿だったが、アーセン氏の口から飛び出した次の言葉には、思わず声を上げてしまうところだった。

「もう一つの用件はごく個人的なことです、ヒルダ()()()。実は、ヴィーナス・モリー・ターナー嬢に、結婚を前提にした交際を申し込むことをお許し願いたいのです」

 ヒルダは呆気に取られたようにアーセン氏を見た。

「確か君は、私の姪のヴィーナスとは一昨日が初対面だったと思うが?」

「恋に時間など関係ありません。一目で判ったのです、彼女こそ、私が探し求めていた理想の女性だと」

 熱を込めてそう主張するアーセン氏に対し、ヒルダは慈母のように柔らかな表情で優しく宥めるように答えた。

「君のような素晴らしい人物があの子を気に入った、ということ自体は、正直に言ってとても嬉しく誇らしいと思う。だが済まない。今は、あの子自身の想いを大切にしてやりたいんだ。他に思う相手がいるようだからね」

 それを聞いたアーセン氏は、心底残念そうに溜め息をついた。

 実はヒルダは怪我による出血多量からは回復していないので、出来ればまだ動き回らないでほしいと考えているオシアン公です。

 ですから彼がヒルダの膝の上で香箱座りしたまま動かないのはイチャイチャしたいからではありません。

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― 新着の感想 ―
あっ、すぐあとにハワードはきちんとモリーに説明をするんですね♪相思相愛?なのかな?(*^^*) そして、一目惚れだったのに、すぐに失恋してしまうアーセン。切ない(ToT)
ハワード卿とモリーの甘いひと時ありがとうございます。糖分を摂取して元気が湧きました(笑) ショコラ公の香箱座り可愛いです(*´ω`*)
膝の上から頑として動かないの可愛いです〜。 (*´ω`*)
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