6、聖騎士団第三隊は、容赦しない
腕の欠損、遺体損壊などの残酷な描写があります。ご注意下さい。
「妖精王子の銀箭」
ハワード卿は再び銀の矢の雨を降らせた。
カラス型やコウモリ型のヴァンパイアが無様に地に落ちていく。狼型のヴァンパイアは瞬時に地に縫い留められ、人型のヴァンパイアの多くが倒れ伏す。その中で、二体のヴァンパイアだけは、無数の矢を受けてもなお立ったまま暴れ続けていた。
その二体は見た目も珍しいタイプのヴァンパイアだった。一体は人間型の体にカラスの頭を持ち、襟を改造した聖騎士団の制服を身に着けていた。もう一体は人間型の体に狼の頭を持ち、聖騎士団の制服の左袖の上に副隊長であることを示す腕章を付けていた。
その二体はどちらも右腕がなかった。護り指輪を嵌めた利き手を奪われた上で殺害され、悪霊に憑依されたのだろう。
旧大陸での戦闘経験がある聖騎士団員がヴァンパイア化防止対策を入念にするのは、聖騎士団員の死体が一般人の死体よりもはるかに強力なヴァンパイアになることを知っているからだ。しかし、無知だったのかそれとも油断したのか、ヴァンパイアになってしまった団員二名が対策を怠ったのは間違いなかった。
「あの気取った襟は変態ジョン、腕章は陰湿カーターじゃないか、彼奴等に情けと容赦は無用だよな!」
第三隊の二級守護者ダイアナ・スミスがそう叫ぶと、第三隊所属の団員たちが一斉に肯定の雄叫びを上げた。
仮にも先程まで同じ隊に所属していた団員を討伐する悲壮感など微塵も感じられず、むしろ彼らは意気軒昂だった。
守護者の声には仲間を鼓舞する力があるが、ジョン・ヘイズとケイン・カーターの二人の日頃の言動が相当酷かったことも察せられた。
とはいえ、相手は妖精王子の銀箭を全身に浴びても暴れ続けられるほど強力なヴァンパイアだ。無策で武器を振り回しても勝てない。
ハワード卿は、近接武器で戦う団員たちに、二体のヴァンパイアから離れるよう指示した。
続けて彼は、ホース付きのオイルタンクを背負ったチームI・Jのチームリーダーに声をかけた。
「チームI・J、オイルはまだあるか?」
二人のチームリーダーからすぐに応答があった。
「チームI、まだたっぷりあります!」
「チームJ、こちらも問題ありません!」
彼らの背負ったタンクの中身は、ヴァンパイアが苦手とするニンニクと、悪霊が嫌う唐辛子、パセリ、セージ、ローズマリー、タイム、月桂樹の葉を漬け込んだオリーブオイル。主にボスウルフと呼ばれる通常個体の三倍の大きさの狼型ヴァンパイアに対して用いるのだが、ハワード卿はこのオイルが元聖騎士団員の肉体を持つヴァンパイアにも有効なのではないかと考えたのだ。
「チームIはカラス頭に、チームJは狼頭に向けてオイルを噴射!」
チームI・Jの団員たちが了解、と叫び、ホースの先をそれぞれの標的に向けた。幾らヴァンパイアが素早くとも、全方位から噴射されるオイルは避けがたい。二体のヴァンパイアは瞬く間にオイル塗れになり、その動きは冬眠前の亀よりもずっと鈍くなった。
次いでハワード卿はチームG・Hに対し、魔弾銃に魔炎弾を装填するよう指示した。
「撃て!」
ハワード卿の号令でチームG・Hが一斉に発砲した。
それぞれのヴァンパイアに複数の魔炎弾が着弾した瞬間、二本の火柱が上がった。
「カラス頭のヴァンパイア、戦闘不能。間もなく討伐完了します!」
「狼頭のヴァンパイア、動きを止めました。こちらも数分後には討伐完了の見込みです!」
鑑定能力のある団員たちから、それぞれそのように報告があった。
様子を見守っていたダイアナがモリーに晴れやかな笑顔を向けた。
「ここの浄化は任せろ!」
「了解!」
モリーもダイアナに笑顔を返し、それからハワード卿の手を取った。
「ハワード卿からお預かりした指輪はすごいですね。指輪を嵌めて少し魔力を通すだけで、周りの皆の力も増幅させてくれるなんて。……それでアンが、伯母の元に行く直前に、黒幕らしき存在を探知してくれました」
モリーは、ハワード卿が渡した指輪を左手中指に嵌めていた。ただ、指輪の持つ魔力からハワード卿の指輪だと判るものの、見た目は大きく変わっていた。飾り気のなかった金の指輪は、いつの間にか、羽を広げた蝶を模した立体的な装飾のある指輪に変わっていたのだ。
「『妖精女王の指輪』が羽化したのか……」
ハワード卿は目を瞠ったが、驚くべきことはそれだけではなかった。
彼の脳裏に、暗い坑道に潜む女の姿が鮮明に浮かんだのだ。
「いつもよりも随分はっきりと敵の姿が見える……」
「やはり、その女が黒幕ですか?」
「ああ、間違いない。あれは魔女だ」
* *
魔女キャサリン・モーティマーは焦っていた。
迷宮のように入り組んだ坑道の暗闇の中、聖騎士団員と思われる者たちの足音が、迷いなくこちらに近付いて来たからだ。
そして、とうとうキャサリンは坑道の行き止まりに追い詰められていた。
「どうしてなの、守護者にはならず者を嗾けたはずなのに!」
「彼らが言うには、私の影に触れることさえ恐れ多くて、私の踏んだ土にキスをするくらいが自分たちの身の程に相応しいそうよ」
金褐色の髪の守護者と思しき女がそう答えた。その女からは薄っすらと水の気配がした。
「……水妖!」
水妖は魅了の力を持つ。では、ならず者どもは目の前の女に魅了されて害意を喪失したのか、とキャサリンは考えた。魅了と解毒ぐらいしか取り柄のない水妖の癖に人間に与するとは腹立たしい。
「良い気にならないことねぇ。お前ごとき半端者の魅了などすぐに解けるのだから」
「問題ないわ、もう全部解けた頃合いだから」
魔女としての呪詛を込めた言葉は、金褐色の髪の女には通用しなかった。
「『銀狼団』のメンバーにかけられた術が全部解けたら、困るのはそっちよね。だって、近隣の町や村でも悪名を知られた『銀狼団』が、十人や二十人ぽっちのわけがないもの。……此処に来る途中、胸を抉られた死体を見たわ。あれは『銀狼団』の他のメンバーなんでしょう?」
キャサリンは鼻で哂った。
「誰からも必要とされない鼻つまみ者たちを、私が有効に活用してあげただけよ。あの人たちは、むしろ私に感謝すべきではないかしら」
「赤の他人に対しては極悪非道に振る舞う人間だって、家族や仲間には深い愛情を抱くこともあるのよ。無残に変わり果てた家族や仲間の亡骸を見た彼らが、お前を許すはずがないわ」
* *
メグの清らかな歌と舞いは、その土地からヴァンパイアと悪霊によってもたらされた穢れと呪詛を拭い去るばかりではなく、その場にいた人々にかけられていた妖術の類も全て解除した。
「銀狼団」と名乗るならず者集団の大男は手錠をかけられたまま、近くに転がったヴァンパイアの亡骸を眺めながら大人しく移送車に乗せられる時を待っていた。だがヴァンパイアの亡骸が歌によって清められ、人間の亡骸に変わった途端に絶叫した。
「何故だ、何故なんだドリュー!」
他のならず者たちもそれぞれ、ヴァンパイアだった別の亡骸を見て絶叫し、悲痛の声を上げ、慟哭した。
「ウィル、お前ウィルだったのかよ……」
「嘘だろう、兄貴!」
自分たちがどれほど罪深い所業に手を染めていたのかをようやく理解した時には、既に取り返しがつかなくなっていた。
その恐怖と悔恨と、自分たちを唆した魔女への怒りの前では、モリーが彼らに魅了をかけたことなど、塵ほども問題にはならなかった。
一方で、警邏隊からも悲鳴が上がっていた。攫われてヴァンパイアに変えられた女性が自分の母親だと知った隊員のものだった。
聖騎士団のスポンサーはスパイス&ハーブのエス◯ー食品ではなかろうかという気がして来ました……。
第三隊のジョンには普段から女性を蔑視するような言動があり、ケインも相手の性別や人種によって差別的言動を繰り返すのもあって、他の団員たちから苦々しく思われていました。
ヒルダ伯母がケインをあえて副隊長に据えたのは、上に立つ者として公平な意識と広い視野を持たせるためでしたし、「その差別意識を改めさえすれば昇進出来るはずだ」と数えきれないほど忠告もしたのです。しかしケインはついに改心出来ませんでした。




