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聖騎士団長、遠征途中に死亡フラグを立てる  作者: 書庫裏真朱麻呂


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5、聖騎士団長、鉱山へ急ぐ

「州連合捜査局次長殿、後のことはおまかせする」

 ハワード卿の言葉に、アーセンは優雅に一礼して見せた。

 そのアーセンの背後から、聖騎士団の守護者メグが可憐な顔を出した。その肩の上に愛らしい白猫を乗せて。

 さらに、近くにあった他の建物からも続々と、連合捜査局のバッジを付けた捜査員たちが大きな猫を伴って現れた。

 猫型妖精(ケット・シー)の王たるオシアンが、メグと連合捜査局捜査員の移動のために妖精の輪(フェアリーリング)を作れる臣下を総動員したのだ。

「お待たせしました。これより浄化を始めます」

 メグが手首に巻いた丸い鈴のブレスレットを鳴らした。彼女は歌い舞うことで辺り一帯を浄化する力を持つ。その彼女の歌と舞いに合わせようと細い竹の筒を何本も束ねた楽器を手にメグに駆け寄ったのは、先程ならず者と共に駆け付けて来たトミーだ。

 それを横目に見つつ、ハワード卿は駆け出しながら号令をかけた。

「守護者と護衛以外の団員は、ブロックBに急行せよ。今夜の主戦場はブロックBだ」

 実は既にロビンを通じて、チームA・C・D以外のチームにはブロックBでの戦闘を命じていたのだ。そして戦況はブロックBの方が厳しいという報告も受けていた。

「油断するな。相手はヴァンパイアと、離反者ケイン・カーター。それから、この町で起きた一連の事件の黒幕だ。――その黒幕は、おそらく人間ではない」

*     *

 この世界には、「魔女」が存在する。悪霊が死者に憑依すればヴァンパイアになるが、生者と融合すれば男の場合は「人狼」、女の場合は「魔女」となる。

 「魔女」はエルフや森の貴婦人(ダームヴェルトゥ)といった魔法に長けた森の種族の女性とは似て非なる存在だが、両者を区別出来ない人間も多い。

 森の種族の女性は誇り高く、規則や礼儀に反した者には苛烈な罰を与える。だが、本来は人間に対して好意的な存在だ。

 一方、人間と悪霊が融合して生まれた魔女は、例外なく人間に対する強い悪意と怨念を持っている。


 現在キャサリン・モーティマーと名乗っている女もまた、魔女の一人だった。

 昼は鉱山の近くにスタンドを開いてサンドイッチや檸檬水(レモネード)などを売る陽気で親切な彼女が、夜には違法な「商品」の取り引きや呪術を行っているとは誰も思うまい。まして色気たっぷりの美人で、どう見ても三十代半ばより上とは思われないのに、実はとうに百歳を越えている、などとは……。

「案外、使えない者ばかりだったわねぇ」

 銀鉱山に身を潜めたキャサリンはそう呟いた。

 二年前、彼女はこの寂れたエリザベスタウンを文字通りの「悪霊の町(ゴーストタウン)」に変えるためにやって来た。そして、権力や武力を持っていそうな男どもに近付いたのだ。しかし彼女が籠絡した者どもは皆、間抜けだった。ならず者も警邏隊も、聖騎士団の第三隊の副隊長だとかいう男も。

「教育も受けていない貧民だから、仕方ないのかしらねぇ。あの賢そうな町長を服従させられたら、まだ良かったのに」

 彼女は淑やかな仕草で頬に指をあてた。それは人間だった遠い昔の名残りだった。


 一年前、彼女は資金繰りに困る警邏隊と、その警邏隊と裏で繋がっていたならず者どもに宝石をちらつかせ、持ちかけた。

 エリザベスタウンの人間を毎日何人かずつ拉致して来い。見目の良い者は闇の商会に売ってそちらの資金にすれば良し、そうでない者はこちらに寄こせ、と。魔物に攫わせた人間はどうしてもすぐにその魔物の餌になってしまう。だから呪術やヴァンパイア造りの材料にするために生きた人間を手に入れたいのなら、人間に攫わせるのが一番なのだ。

 一軒の廃屋を夜間に魔城(デーモンキャッスル)と入れ替え、毎晩ヴァンパイアどもに人間を何人か捕らえさせたのは、目眩ましのつもりだった。

 それは数ヶ月前までは上手くいっていた。想定以上の成果だったといって良い。

 だから彼女は、ヴァンパイアに襲われないように男らに持たせた護符を「褒美として効果を更に一年延ばす」という名目で一度こちらに返させ、()()()()()()()し、ならず者どもの記憶を改竄し、彼らの半分を密かにヴァンパイアに造り変えもした。


 聖騎士団が来た時には計画を諦めようかと思ったが、その聖騎士団の中に腐った魂の持ち主が混ざっていると知り、これは使えると閃いた。

 だから、偶然その男が彼女のサンドイッチスタンドに立ち寄った時に、巧妙な囁きで増幅してやったのだ。

 相手は隊長とはいえ、女に従わなければならないという不満、同じ隊に所属する先住民族出身者に対する根強い差別意識、「使えない」部下への苛立ちを。

 一方で警邏隊長には、聖騎士団の女隊長の暗殺を命じた。

 聖騎士団の男から女隊長の使い魔が猫型妖精(ケット・シー)だと聞いてはいたが、キャサリンは気にも留めなかった。あれは小煩い連中だが、所詮は穢れた魂を掠めるだけの妖精に過ぎない。猫型妖精(ケット・シー)の王族が相手ならば面倒だが、気難しいと評判の猫型妖精(ケット・シー)の王族が人間の女風情に仕えるなどということはあり得ない。

 キャサリンは聖騎士団の男から得た情報を警邏隊に流して妨害させ、女隊長が疲弊したところで、夜目が利くよう「猫の目」の術を施した警邏隊長に銃撃させた。

 女隊長は一命を取り留めたが、二度と戦えない身体になったようだ。


 女隊長が援軍を要請したことについても対策は立てていた。聖騎士団の守護者を狙えば良いのだ。九十年前、旧大陸で他の魔女が聖騎士団の守護者を殺害した時、その地に派遣されていた聖騎士団員どもはあっさりと壊滅したではないか。

 そこで、聖騎士団の援軍が到着したという知らせを聞いたキャサリンは、残りのならず者たちに命じた。

 聖騎士団の拠点を襲撃し、人質として守護者全員を生け捕りにし適当に痛めつけろ、殺さなければ好きなようにして良い、と。

 一方で、警邏隊長には次のように命じた。聖騎士団の守護者を人質とするので、聖騎士団員どもに罪を被せて拘束しろ。何なら全員銃殺しても構わない、と。

 最後に、聖騎士団の男にはこう命じた。団員の何名かをヴァンパイアに変えて撹乱しろ、と。

 小賢しい守護者どもは魔除けの効果のある軽食を団員どもに持たせたようだが、食べさせなければ問題ない。

 キャサリン・モーティマーはスタンドの簡易ストーブを使って牛肉の薄切りを上等の牛脂で炒め、バターを塗ったパンには軽い焼き目を付けた。牛脂とバターの匂いに惹かれない人間などいるものか。パンに熱々の牛肉とチーズを挟んだサンドイッチを幾つか、聖騎士団の男に持たせた。


 対策は完璧だったはず。……それなのに。

*    *

 ブロックBに駆けつけたハワード卿は驚いた。二級守護者ヴィーナス・モリー・ターナーと、ダイアナ・スミスが既に参戦していたからだ。

「ヴィーナス・モリー・ターナー、君には他の守護者の側にいろと命じたはずだが?」

「ええ、それでダイアナの側にいます。アンは伯母の治癒にあたっていますし、メグにはトミー小隊半分と猫型妖精(ケット・シー)たちが付いていますから」

 それにアーセンも、とモリーが付け加えたので、ハワード卿は少し面白くなかった。

「彼とは親しいのか?」

「彼はオシアン公の妹君のご子息なので、従兄弟のようなものです。オシアン公からの信頼も厚く、人柄と能力には問題ありません」

 モリーはそう言いながら、こちらへ飛んで来たコウモリ型のヴァンパイアに向けてオレンジポマンダーを投げ付けた。ダイアナと違ってスリングを使ってはいないのだが、その飛距離はスリング使用者と同等で、命中率も高かった。

 

 モリーの投擲能力を見て、チームA・C・Dの第三隊の団員たちが「やっぱり隊長の姪御さんなんだ!」と納得していたとか……。

 トミーの得意な楽器は笙です。

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― 新着の感想 ―
メグがしていた浄化の時に踊りながら歌う、なんだか巫女さんのような感じですね♪ あっ、警邏隊とか変だと思ったら魔女にあやつられていたんですね!しかも聖騎士団の副隊長まで!あ、もしかしてこの話は短編で詳し…
おぉ、ここで牛肉チーズサンドが出てくるのですね! 私なら食べてしまいます(笑)
牛脂とバターの匂いに惹かれない人間などいない…… 確かに! と思ってしまいましたw 牛脂でなくともバターの香りだけでも抗うのは無理ですw (´ε`)
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