4、聖騎士団長、敵を一掃する
ハワード卿率いるチームAがブロックCに駆けつけると、魔城が窓や扉から次々にヴァンパイアを吐き出し、チームC・Dの団員たちが応戦しているところだった。
団員たちは二人一組となって片方がボーラ(複数の錘を細い鎖で繋いだ投擲武器)や刺叉でヴァンパイアの動きを封じ、もう片方が銀の短槍で止めを刺すというやり方を中心に戦っていた。
原始的だが、煉瓦造りの建物が多い市街地で魔弾銃を使えば、跳弾の危険も、民間人が被弾する危険もある。市街地における対ヴァンパイア戦に不慣れな第三隊の団員のためにヒルダが編み出した戦法は、それなりに効果があった。
また仮初の肉体から抜け出して漂う悪霊たちには、他の団員たちが浄光灯と呼ばれる特殊な懐中電灯から発する光を当てて消滅させていった。
即席チームとはいえ聖騎士団員を養成するアーケイディア単科大学で同期だった者も多い。各団員は上手く連携していた。
だがハワード卿には、もっと効率的に敵を殲滅する術があった。
彼は静かに右手の先を天に向け、一言発した。
「妖精王子の銀箭」
針のように細い銀の矢が、晴れた夜空から無数に降り注いだ。周辺の悪霊たちは銀の矢に触れた瞬間に消滅し、ヴァンパイアは銀矢の驟雨から逃れる間もなく、ハリネズミのようになった骸を地に横たえた。
この広範囲の魔法攻撃を使えることが、ハワード卿を騎士団長たらしめる所以だった。生きた人間や家屋に被害を出すことなく悪霊や魔物を一掃し、しかも物理攻撃を防ぐことも出来る。
但し、この攻撃には欠陥もあった。家もどき《モックハウス》や 魔城のような頑丈な魔物には、大きなダメージを与えることが出来ないのだ。
銀の矢が降り続く中、ハワード卿はよく通る声で号令をかけた。
「全員、これより魔城への攻撃に専念せよ!」
ヴァンパイアからの攻撃がなくなった団員たちは、携行品の中から薄荷の精油が入った瓶を取り出し、その蓋を開けると、これまでヴァンパイアの出口となっていた魔城の窓や扉に投げ込んだ。投擲に自信のない団員たちは手近な壁にオレンジポマンダーを押しつけて溶かし、そこから薄荷の精油を流し込んだ。
この薄荷の精油は極東の島国の最北領で作られた薄荷から精製したもので、「白鳥姫の涙」という商品名で市販されている。薬効成分は旧大陸や新大陸の薄荷と比べても桁違いに濃厚。家もどきやヴァンパイアなど、薄荷を苦手とする魔物は多いので今回試験的に導入されたのだが、効果は想定以上だった。
魔城がグズグズと潰れていったのだ。オーブンから出した時には大きく膨らんでいたスフレが、冷めるにつれてどんどんしぼんでいくように。
(中に生存者がいる場合には使えないな。潰れた魔城の重さで圧死してしまう)
ハワード卿がそう思った時。
――魔城の生命反応なし。討伐完了!
鑑定能力を持つ団員の声が響き渡り、その場にいた他の団員たちが歓声を上げた。
ところが、その直後、冷水を浴びせるような出来事が起こった。
「警邏隊だ、貴様ら全員、武器を捨てろ!」
ハワード卿をはじめとする団員たちは、いつの間にか銃を構えた大勢の警邏隊員に包囲されていた。
「お前たちの拠点は抑えた。拠点の五十四名の身柄は拘束済みだ!」
そう叫ぶ警邏隊長に、ハワード卿は尋ねた。
「これは、どういうつもりか。我々は町長からの正式な依頼を受けて此処にいる。そのことは以前からそちらにも直接説明していたはずだが」
「貴様らが善良な町長を騙し、武器を所持してこの町に押し入り、罪のない住人たちを拉致したことは分かっている!」
なるほど、余所者である自分たちに罪を被せようということか、とハワード卿は考えた。
仮に此処で彼が拘束されようと銃弾に斃れようと聖騎士団の組織が瓦解することはないが、相手の思惑に乗ってやる義理もない。
「拉致監禁された町民たちを発見し保護したのは我々だ。また、町長から依頼されていたヴァンパイア数十体の討伐も、たった今完了した」
ハワード卿は証拠代わりにと、事切れた人型ヴァンパイアの巨体の襟首を掴み、警邏隊の方に放り投げた。
一見細身に見えるハワード卿にそのような膂力があろうとは思わなかったのか、警邏隊員たちは慄き、恐怖に耐えられなくなった一人が、ハワード卿に向かって銃の引き金を引いた。しかし、その弾は届かなかった。
未だ降り続く妖精王子の銀箭が、銃弾を弾き返したのだ。
「試してみれば解ることだが、我々に向かって銃を撃っても、こちらにそれ以上近付こうとしても無駄だ。我々に罪を被せるのは止め、すぐにこの包囲を解いて貰おうか」
特に声を張り上げたわけではないのだが、ハワード卿の声は夜の町によく響いた。
警邏隊長は喚いた。
「うるさい、先に拘束した女どもがどうなっても良いのか」
「罪なき弱者を人質にしてこちらの動きを封じようとは。ここまで酷いと警邏隊と人攫いが通じているという疑惑も深まるな」
ハワード卿は肩を竦めて見せた。
「討伐は済んだが浄化がまだ済んでいない。早く済ませなければこの周囲一帯が汚染されるが、良いのか?」
警邏隊長は答えず、苦虫を噛み潰した顔をすると、背後に控える部下の一人に命じた。捕らえた女どもを連れて来い、この場で拷問すれば聖騎士団も屈するだろう、と。
警邏隊長の部下の一人が頷き、この場から離れようとした時。
「もう止めましょう、こんなことは」
そう言いながら、数十人の男たちが警邏隊の背後から隊員らを薙ぎ倒しつつ、警邏隊長の元に進んで来た。その集団の先頭は十人ほどのならず者たちで、彼らの監視と護衛のためか、後ろに二十人ほどの聖騎士団員が付いていた。
ならず者たちは口々に、大体次のようなことを叫んだ。
もう自分たち「銀狼団」は、警邏隊と組んで人攫いなどしない。攫った人間を化け物の餌と奴隷商に売る商品に選り分けるという胸糞悪い仕事も二度としない。聖女様方と、そう約束したのだ、と。
彼らの言葉が町中に響き渡り、警邏隊員の顔に狼狽の色が現れた。
男たちに銃を向けた警邏隊員もいたが、幾ら彼らが引き金を引いても無駄だった。
ハワード卿が妖精王子の銀箭の効果範囲を広げたからだ。
彼は号令をかけた。
「この場にいる全団員に告ぐ。警邏隊員を捕縛せよ。既に連合捜査局から許可は得ている」
「馬鹿な!」
警邏隊長が叫んだ。しかし彼は本当に思い至らなかったのだろうか。
国際的に活動する武装集団である聖騎士団には当然ながら各国の政権との間に独自のパイプがあり、円滑な魔物討伐のための権限も関係各所から与えられているということに。
警邏隊員たちは、個々で逃亡や抵抗を試みたが、聖騎士団により速やかに制圧、捕縛された。銃を使えない警邏隊員など、ヴァンパイアに比べればずっと鈍足で非力だった。
一方で、ならず者たちは従容と手錠をかけられていた。
制圧と捕縛が完了する頃、近くの建物のドアが開き、銀のコマドリを肩に乗せた若い男が現れた。
「ご協力感謝する、聖騎士団長ハワード・キャンベル卿、そして聖騎士団員諸君」
流行りのスーツをスマートに着こなしたその男は、こう告げた。
「私は連合捜査局次長のアーセン・ルブランだ。エリザベスタウン警邏隊長フランク・ウィルソンとその部下二〇〇名、犯罪集団『銀狼団」』十名。エリザベスタウン町民を不当に拉致監禁した容疑、並びに人身売買の容疑で逮捕する!」




