3、守護者たち、襲撃される
残酷なシーンがあります、ご注意下さい。
メグは拠点の二階の窓から街並みを見ていた。拠点には二重の魔法障壁を張っていたが、窓からの眺めに支障はない。
「大通りに沿って煉瓦造りの立派な建物が並んでいるのに、何だか物寂しく感じられる町ですね。道行く人々の顔も心なしか荒んでいるような……」
それに答えたのは第三隊の二級守護者、ダイアナ。先住民族の血を引く、ダークブラウンの髪の美女だった。
「この町は銀鉱山が見つかった時に出来た町だからね。昔はとても栄えていたんだけど、採掘量が減ってからは、細々と稼働する金属加工の工場の他に目ぼしい産業もない。だから寂れる一方なのさ」
「そうなのですか。せっかく素敵な街並みなのに、勿体ないですね」
そう言いながら引き続き外を見ようとするメグに、モリーが声をかけた。
「メグ、お茶の支度が出来たわよ。早くいらっしゃいな」
モリーのフルネームはヴィーナス・モリー・ターナーだが、伯母以外の人間からヴィーナスと呼ばれることを彼女は酷く嫌がる。地味で美しくない自分が「美の女神」などと名前負けも甚だしい、と。但し、そう思っているのは本人ばかり。水妖の血を引く彼女は金褐色の髪の嫋やかな美女だった。アーケイディア単科大学で彼女を指導したエズメ・ロイド教授に言わせれば、「中身は迂闊で粗忽で世話焼き」だが。
メグは部屋の中央に設置されたテーブルに着いた。テーブルの上にはイワシのオイル漬けのサンドイッチ、ラベンダー入りのショートブレッド、それから温かい紅茶が並んでいた。飲み物以外は戦闘担当の騎士団員たちに持たせたのと同じ物だ。彼らも各自、日暮れ前に食事を摂っているはずだった。
「しっかり食べてね。戦闘が始まったら食事する暇なんてないから」
モリーがそう言うと、モリーの使い魔、栗色の髪の人形のようなブラウニーが、テーブルの上で角砂糖の包みをメグに差し出した。
「ありがとうございます、エラさん」
メグがブラウニーに微笑むと、ブラウニーも愛らしく微笑み返した。
その右斜め向かいの席に着き、軽く目を閉じたまま、広げた地図を指でなぞっていたのは、第三隊の二級守護者アン。彼女はやはり先住民族の血を引く鳶色の髪の小柄な美少女で、探知と予知の能力を持っていた。それで、この時も地図をなぞりながら探知を行っていたのだが食事時にもそれを中断する気はなさそうだった。ダイアナによれば、アンはこれまで戦闘後の浄化とその他の雑務に手一杯で、探知が出来なかったのだということだった。
「アン、口を開けて。サンドイッチだよ」
ダイアナがアンの口元に食べ物やティーカップを宛てがい、慣れた手つきで食べさせていた。
コマドリ姿のロビンと猫型妖精のオシアン、ブラウニーのエラも共にサンドイッチとショートブレッドを食べ、紅茶を飲んだ。
四人が食事を終えた後。
「モリーさんとメグさんが作ったお料理は美味しいだけではなく、破魔の魔力が込められていますね。力が漲ります」
目を伏せて地図を指でなぞりながら、アンがそう言った。
モリーが笑顔で答えた。
「口に合って良かったわ。だって、今の食事は悪霊対策のために用意したんだもの」
「悪霊対策なのか、あの美味いサンドイッチと少々癖のあるショートブレッドは」
驚くダイアナに、モリーは頷いた。
「ほら、ヴァンパイアのほとんどは、動物や人間の死体に悪霊が憑依して魔物化したものでしょ。だから、旧大陸の聖騎士団では食事にも悪霊対策の工夫をするのよ。オイル漬けには、悪霊が嫌う唐辛子、ニンニク、月桂樹の葉を使うし、ラベンダーも魔除けになる。それに破魔の魔力を込めれば食べるだけで備えは万全」
「護り指輪だけでは十分とは言えません」
メグがそう付け加えた。
「護り指輪が外れた状態で戦死した場合、『ヴァンパイアハンターがヴァンパイアになる』ということにもなりかねないのですから」
「なるほど。ヴァンパイア討伐は食事から、なのだな」
ダイアナが熱心に頷いた。
日が暮れる頃、ダイアナはこの地の悪しき精霊を眠らせるため、鞄から縦笛を取り出して吹きはじめた。この縦笛は彼女の祖母の遺品で、心の清らかな者でなければ吹けないという。
メグは再び、窓から外を眺めていた。時々、「彼、誰、私」と聞こえる言葉を呟きながら。
モリーは厨房と部屋を行ったり来たりしながら、ラズベリーコーディアル(木苺と砂糖、レモン果汁などを使って作る飲料)の入った大きなピッチャーや、グラスをテーブルの上に並べていた。
アンは相変わらず地図に指を走らせながら探知を行っていた。
「見つけました。ブロックC、栃の木通りの煉瓦造りのアパートメントです。……嫌だ、生き物みたいにドクドク脈打ってる」
アンが弾かれたように地図から手を離し、モリーはアンの言葉にぶるりと震えた。
「……それは家もどき。いいえ、もう既に魔城に成長しているかもしれないわね」
彼女はロビンに呼びかけた。
「ロビンさん。至急、全員に連絡を。ブロックC、栃の木通り。見た目はアパートメントですが、家もどき、または魔城の可能性があります」
家もどきは人家に擬態し、惑わされて入ってきた人間の魂を喰らう魔物だ。日光に強く、多くの人間の魂を喰らうほど強力になり、成長すると魔城となる。
魔城は体内でヴァンパイアや悪霊を飼い、夜になるとそれらに人間を攫わせるという点で家もどきよりも危険度が高い。魔城に棲みつく魔物は日光に弱いので、日中安心して隠れる場所を確保するためにせっせと魔城の養分となる人間を攫うのだ。
「怪しい建物を見つけても絶対に中には入らず、携行品の中にあるオレンジポマンダーを建物の壁に押し当てて下さい。押し当てた部分が溶けたら、魔城の証拠です。すぐに他のチームを呼んでください」
ダイアナがアンに尋ねた。
「アン、中に生きた人間は?」
「生存者の反応はありません」
それを聞いたモリーは、ロビンに指示した。
「ロビンさん、全員に伝えてください。現在、魔城内に生存者の反応なし、と」
エリザベスタウン中に配置された各チームから応答があった。チームA、チームDがチームCの応援に当たるという。チームBからは、現在、人型ヴァンパイアと交戦中との連絡があった。
「鉱山の近くだ。魔城からは距離がある。鉱山に隠れていたのか?」
ダイアナが首を傾げた。
その時、モリーが首にかけていた指輪の鎖が切れた。
* *
「大人しくしろよ、お姫様たち。此奴がどうなっても良いならな」
二階奥のドアを乱暴に蹴破った大男は、建物に侵入した際に入り口近くで血塗れにした中年の騎士の襟首を左手に掴み、右手に拳銃を握っていた。
男は室内を眺め回して舌なめずりした。そこには四人の美女がいて、しかも皆が怯えた表情を浮かべている。何とも嗜虐心が刺激される眺めだ。
男の後ろには十人の仲間がおり、そのうちの何人かが笑い声を立てた。此奴らも同じことを考えているな、と男は愉快だった。
「上」から聖騎士団に対する人質を確保しろと言われた時には面倒だと思った。相手は普段化け物を相手にしている連中だ、自分たちはただの人間なのだから歯が立つわけがない、と。
しかし実際にはなんと旨い仕事だったことか。
男と仲間たちは下卑た笑みを浮かべて、室内になだれ込んだ。
この世界のオレンジポマンダーの使い方とは……。
オレンジポマンダーはオレンジに穴を幾つも開けて、クローブ(丁字)を差し込み、シナモンパウダーをかけて陰干しにするので、干し柿を作るよりも手間がかかりますし、見た目もゴツゴツしているのですが、贅沢な香りがするので大好きです。
それから、ラベンダー入りのショートブレッドも。
なお、使い魔たちは破魔の力を自分のエネルギーに変換出来る善属性の魔物なので、魔除けサンドイッチとラベンダー入りショートブレッドを食べても大丈夫なのです。




