2、戦闘担当チーム、探索中に食事を摂る
日は西に傾いているが、日没にはまだ少し間がある午後五時。聖騎士団第三隊の隊員で、ハワード卿によって戦闘担当チームBに振り分けられ、第三隊副隊長ケイン・カーターとバディを組んだジョンは、配置された場所に怪しい場所がないか二人で一通り見て回った。鉱山の入り口を含むブロックだが、鉱山の方は本部から来た団員たちが第三隊の団員二人を連れて見てくるというので、ジョンたちが巡回したのは坑夫目当ての食べ物や飲み物の店が立ち並ぶ辺りだった。
特に異常はなかったので近くの木陰で食事を摂ることになり、ジョンは副隊長とは少し距離を空けて座った。
彼は期待しながら、見目麗しい守護者たちから手渡された包みをリュックサックから出し、中身を見て落胆した。それは嗅ぎ慣れない油と魚の臭いがするサンドイッチで、空腹だったが食べる気になれなかった。
もう一つの包みはショートブレッドだったが、少し薬臭い気がした。恐る恐る齧ったが何故か少々苦くて、どうにも我慢ならなかった。ジョンは副隊長がその場を離れたのを隙に、口に入った僅かな欠片をぺっと吐き出した。
彼は内心で毒づいた。本部から来た金褐色の髪の守護者は年増だが、顔と身体つきは素晴らしい。黒髪黒目の小柄な守護者は可憐で従順そうだ。しかし料理は全然なっちゃいない、と。
戦闘前に腹ごしらえは済ませておくべきだが、どちらも到底彼の喉を通る物ではない。どうしたものかと思っていると、ケインが紙袋を抱えて戻って来た。
「あぁ、やっぱり無理だったか。俺もそうだったが、お前の口にも合わなかったみてぇだな。ほら、こっちを食えよ。空腹じゃ戦えねぇぞ」
ケインから渡された紙袋を開けたジョンは思わず口笛を吹いた。炒めた薄切りの牛肉と溶けたチーズをパンに挟んだ物が入っていた。
「特別扱いになっちまうから内緒でな。他の奴らに見られない内に食えよ」
ジョンはケインに向かってへへっと笑うと、やにわに牛肉のサンドイッチに齧り付いた。近くの店で買ったばかりなのか、まだかなり熱かったが、彼は舌をヤケドするのも構わず、それを勢いよく胃の中に納めた。
「いやぁ、美味かったっす。助かりましたよ、副隊長」
「そりゃ良かった」
ケインが守護者から渡された軽食を包みごと投げ捨てたので、ジョンもそれに倣った。
同じ頃、ジョンとケインとは離れた鉱山入り口近くにいた他のチームBの聖騎士団員四人も、携行品のリュックサックから包みを出していた。二人は本部からの援軍、もう二人は第三隊所属の団員だった。
「モリーさんとメグさんの手作りだ」
「今のうちに、ありがたく味わって食うぞ」
旧大陸でモリーと共にヴァンパイア討伐に赴いた経験のある団員にとって、このイワシの油漬けのサンドイッチとラベンダー入りのショートブレッドは青春の味だった。イワシの油漬けからして、モリーがイワシとニンニク、オリーブオイル、唐辛子、月桂樹の葉を厳選し、手間暇かけて作った物。ショートブレッドのラベンダーはモリーとメグが二人で育てて手摘みしたものだ。本部に所属する彼らはそのことを知っていたので、いっそうありがたみを感じているのだった。
「モリーさん、いつまでも現役でいてくれないかな」
「もうじき退団だもんな」
「守護者は早期退団して結婚することが推奨されてるんだから、仕方ないよな」
彼らが頷き合っていると、第三隊の団員が尋ねた。
「モリーさんって、ウチの隊長の姪御さんだっていう、あの金褐色の髪の美人さんか?」
本部に所属する団員は誇らしげに頷いた。
「そうだよ。二級だけどベテランの守護者でさ、旧大陸の戦闘でもすごく頼りになったんだ」
「破魔の力だけで言えばフォスター第三隊長以上だって、アーケイディア単科大学の教授たちが言ってたくらいなんだぜ」
途端に、第三隊の団員たちが目を輝かせた。
「あぁ、それはウチの隊長から聞いたことがあるよ。姪御さんは無茶苦茶強いって。だからすげぇイカツイ人なのかと思ってた」
「実際に会ったら、すんごい美人だったから魂消たわ」
彼らの言葉に少し年長の本部所属団員がにやりと笑い、少し声を落として言った。
「そうなんだよ。此処だけの話、あのハワード卿だってモリーさんに滅茶苦茶惚れてんだよ、本部じゃ公然の秘密だけどな。何たってあんなに綺麗だし『最年長にして最強の守護者』だからな。だからさ、その最強の守護者のモリーさんと、超大型新人の守護者のメグさんの手作りメシ、口に合うかは別として、食べればそのご加護は間違いなし。お前さんたちも、もっと強くなれるぜ」
第三隊の団員二人は一瞬顔を見合わせた。そして何かを決意したように頷き合うと、包みを開いたまま食べる気になれなかったサンドイッチとショートブレッドを残さず平らげた。
* *
聖騎士団長ハワード・キャンベル卿はチームAの団員が皆食事を摂ったのを確認した後、やっとモリーとメグが作ったサンドイッチとショートブレッドを食べはじめた。彼の包みに入っていたサンドイッチはモリーが作った物で、ショートブレッドはモリーが焼いた物とメグが焼いた物が半々。何故分かるかというと、モリーが作るサンドイッチの方はバターが厚めに塗られていて、メグが焼いたショートブレッドの方は心持ち多めに砂糖が入っているからだ。
水筒に入った檸檬水を飲んでいると、近くにいた部下が何か言いかけたので、黙っているよう目配せした。
遠くから柄の悪い男たちがずっとこちらを監視していることには、ハワード卿も随分前から気付いていたのだ。
ハワード卿には、自分たちの様子を伺っている男たちよりも、気になることがあった。
彼の耳には常時、各チームに分散させたコマドリ型の魔物――ロビンたちの声が入ってくる。
先程、各チームとの連絡用に分けたロビンたちの声ではない。彼らを目眩ましにして各チームに密かに付けた、団員たちにも認識出来ないロビンたちの声だ。
「……やはり、そうなのか」
ハワード卿は僅かに眉間に皺を寄せた。
チームFとチームGのロビンからそれぞれ入った連絡は、廃屋に監禁されていた人間たちを無事保護した、という内容だった。魔物が人間を生かしたまま廃屋に監禁するわけがない。
「トミー小隊を守護者の護衛に付けて置いて正解だったな」
もし人間を攫って廃屋に監禁した者とこちらを監視する男たちが繋がっているならば、その者たちは既に守護者たちにも目を付けているだろう。トミー小隊五十名は信頼おける者たちばかり、オシアンとロビンもいる。だからそちらは急に差し迫った事態にはならない、とハワード卿は自らに言い聞かせた。
地元の警邏隊も気にいらなかった。担当ブロックの巡回に入る前、町長に挨拶をした後に彼らの所にも挨拶に行ったが、予てヒルダから聞いていた通り、彼らは非協力的だった。「余所者は信用出来ない」と主張するばかりか、聖騎士団第三隊の団員たちからも警邏隊に幾度も活動を妨害されたという話が聞こえてくる。
ならば消えた人間の行方を熱心に捜しそうなものだが、そうでもないらしい。チームFに保護された女性の話では監禁されていた一ヶ月間、警邏隊がなおざりな巡視をする姿を廃屋の壁の隙間から幾度も見かけたという。彼らが熱心に捜索していれば、または聖騎士団第三隊の活動を妨害しなければ、もっと早く救出出来たはず。
ハワード卿は他とは違う銀色のロビンを呼び出し、ある人物に自分の懸念を伝えるよう指示した。
「ヴァンパイアの真の恐ろしさを理解していないからか、或いは……」
もし人攫いや地元警察組織がヴァンパイアを恐れない理由が無知以外にあるとしたら。
――この町に潜む真の敵は、まだ姿を現してはいない。
食べられるオーパーツ注意報。
「チーズステーキのサンドイッチ」。異世界のことなのでお許しください。初期案は餡パンと牛乳でした。
モリーは見た目は宇宙戦艦ヤマト(リメイクアニメ版)の森雪、性格は銀河鉄道999の鉄郎に近い感じかと思います。鉄郎と違って整頓と清潔は大好きですが。




